第25話 提出されなかった報告書
「あの日、もう一人、稟議を上げた人がいます」
電話は、前置きなしで始まった。
「黒石さんですか」
「私と同じ日に、協会側から。探索者からの意見具申でした」
七月二十二日。朝から気温が上がっている。綿貫は書類審査の机で、月次の点検記録を三十件処理する途中だった。肋骨が痛む。先週の崩落で打った場所である。医者には行っていない。
「十一時以降なら、家にいます」
電話が切れた。
彼は年休を取った。書類審査の職員が午前中に年休を取っても、誰も困らない。
◇
黒石ゆかりの部屋は、五月末と同じだった。
テーブルに、古い書類の束が出してある。彼女は麦茶を注いで、今日も自分の分を飲まなかった。
「六年前、三回目の稟議を出した日です」
彼女は一枚の紙を出した。
協会の窓口の受付簿の写しである。社外の提出者が使う窓口で、受付順に番号と件名が並んでいる。
「私のが、二十七番です」
その一つ下。
二十八番。
『多人数確保退避手順に係る装備要件について』
提出者の欄。
『泊 玲司』
◇
「同じ日ですか」
「同じ日です。私が三回目を差し戻された、その日に」
黒石は麦茶のコップを見ていた。
「私、これを四年前に見つけました。会社を辞める整理をしてるときに、控えの束の中から出てきて」
「見つけて、どうされましたか」
「何もしていません」
彼女はそう答えた。
「あの人がS級だってことは知ってました。だから、S級が同じことを言ってるなら、いずれ通るんだろうと思って」
外で蝉が鳴いている。マンションの六階まで届く音だった。
「一年後に、亡くなりました」
彼女はコップから手を離した。
「そのときに、思ったんです。私は、味方が一人いたのを、一年知らずにいたんだって」
綿貫は受付簿の写しを見ていた。
「証言します」
黒石が言った。
「五月に、まだ、って言いました。もう、まだじゃないので」
「どこで、ですか」
「どこでも。あなたが必要な場所で」
「まだ、そういう場所がありません」
「作ってください」
彼女はコップを片づけた。
「私、四年間、作らなかったんです。作れなかったんじゃなくて、作らなかった。……それが何なのかは、自分でよく分かってます」
「はい」
「だから、あなたが作るなら出ます。それだけです」
「ありがとうございます」
「礼はいりません。四年遅いので」
彼女は台所へ行って、コップを洗いはじめた。会話が終わったという合図だった。
◇
協会本部の文書管理課は、地下一階にある。
閲覧室は六畳ほどで、窓がない。空調の音が大きい。机が二つと、椅子が四脚。
綿貫は請求書を出した。
三年前六月十一日、第七区画十九層、泊玲司の死亡事象。その報告書の添付資料一式である。
「これ、綿貫さんが書かれたやつですよね」
窓口の職員が確認した。三十代の女性で、面識がある。十九年、この課には何百回も来ている。
「そうです」
「じゃあ、大丈夫です。ご自分の文書の添付は、閲覧できます」
彼女は端末を叩いた。
「あ」
「何かありますか」
「目録に、一点だけ、変なのがあります」
「どう変ですか」
「受理番号がないんです。添付の目録に載ってるのに、受理されてない。……こういうの、たまにあるんですけど、普通は目録から落とすんですよ」
「落ちていない」
「落ちてません。誰かが、載せたまま残してます」
彼女はそこで一度、端末から目を離した。
「取ってきますね」
◇
十五分後、彼女が段ボール箱を持ってきた。
添付資料一式。写真、回収品目録、現場図、証言記録。
その一番下に、クリアファイルが一枚。
目録には、こう記載されている。
『多人数確保退避手順の運用に係る検証結果について(案)/提出者 泊玲司/未受理』
受理日の欄が空白だった。決裁欄も空白である。
代わりに、右上に印が一つ押してある。
『保留』
その下に、小さく決裁の略号。
綿貫は上着から巻尺を出した。金属の帯を引き出して、印影の横に立て、天井の照明を反射させる。角度を変えた。
読めた。
久我である。
日付は、三年前の七月。
泊玲司が死んだ、翌月だった。
◇
クリアファイルの中身は、六枚あった。
手書きではない。ワープロで打たれている。書式は協会の意見具申の様式に沿っていた。
綿貫は読んだ。
一枚目。
『多人数確保退避手順(以下、本手順)は、複数名を確保で接続したまま後退する方法である。落伍者が生じた場合も接続を維持する点が、従来手順との差である』
二枚目。
『本手順の実行時、落伍者の落下により発生する衝撃荷重は、確保支点に集中する。私が五年前に本手順を実行した際、私が使用していた確保器は規格A(保証荷重二十二キロニュートン)であった』
三枚目。
『規格Cの保証荷重は九キロニュートンである。体重七十キログラムの探索者が一メートル落下した場合、確保支点に生じる衝撃荷重は、条件により九キロニュートンを超える』
四枚目。
『本手順の標準化以降に発生した死亡事故のうち、私が確認できた二十件を検討した。うち十六件が、規格Cの確保器を使用し、本手順の記録を残している』
綿貫は、そこで手を止めた。
自分が二十三件を数えたのは、今年の三月である。この人は、三年前に二十件を数えている。
五枚目。
『本手順は有効である。ただし、それは私の装備を前提としている』
その下に、一行あけて、こう書いてあった。
『私は、それを言わずに広めました』
◇
六枚目。
『本件については、実証が必要である。理論値のみでは、規格の改定を求める根拠として不十分と考える』
『よって、規格Cの装備を用いて、当該条件を再現する』
『結果は追記する』
そこで、文章が終わっていた。
追記は、ない。
綿貫は六枚を机の上に並べた。閲覧室の空調が、天井のどこかで鳴っている。
実証が必要である、と彼は書いた。
理論値では足りない。数字を並べても、規格の改定は動かない。それは、綿貫が四百十二通で経験してきたことと同じである。この人も、同じ結論に辿り着いていた。
辿り着いたあとの選択が、違った。
三年前の六月十一日。泊玲司は、私費で買った規格Cの確保器を持ち、規格Aの特注品を事務所に返し、携行記録器を二台持って、単独で十九層に入った。
一台は記録用。
もう一台も、記録用である。
追記するはずだった。
◇
一枚目の右下に、作成日が入っている。
綿貫は、そこを最後に見た。
『三年前 五月二十六日』
彼は上着のポケットに手を入れた。
付箋を出す。三年経って茶色くなった紙である。
『13:40 泊玲司様 来訪 またお伺いしますとのこと』
日付は、三年前の五月二十七日。
作成日の、翌日だった。
◇
閲覧室の椅子に、綿貫は座ったままだった。
書いた翌日に、この人は川口の分室に来ている。
協会に出しても受理されないことを、たぶん分かっていた。分かっていて、それでも出す前に、誰かに読ませようとした。
読ませる相手として選ばれたのが、四百十二通書いて一度も採用されたことのない男である。
協会で、その報告書を読む人間は誰もいないと思われていた。
だから選ばれた。
十三時四十分。彼は分室に来て、綿貫がいないと知って、受付に伝言を残して帰った。またお伺いします、と。
来なかった。
十五日後に死んだ。
◇
閲覧室の閉室は十七時である。
十七時十分に、窓口の職員が声をかけに来た。
「綿貫さん。すみません、そろそろ」
「はい」
彼は立ち上がった。
椅子を戻すのを、忘れた。
十九年で、一度もなかったことである。




