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第2話 赤字の祭りには、まず責任者の名前を書く

 資料室に積まれた決算書を見た瞬間、俺は確信した。


 これは伝統じゃない。

 ただの放置だ。


 「……ひどいな」


 紙をめくりながら、思わず声が漏れる。


 建国祭の支出は、三年連続で膨らんでいた。

 しかも問題なのは金額だけじゃない。


 同じ日に同じ広場へ設置する舞台が、祭事局と近衛儀典室の両方から発注されている。

 厨房への酒樽の納入数と、実際の使用数が合っていない。

 来賓用の席数も、招待状の発送数より多い。


 要するに、誰も全体を見ていない。


 「殿下、こちらが酒樽の搬入記録です」


 「ありがとう、ハロルド。……去年は六十樽。今年は九十?」


 「はい。来賓増加の見込み、とのことで」


 「見込みで三十樽増やしたのか」


 「しかも一昨年、四十樽以上が未開封のまま倉庫へ戻されています」


 ミナが呆れた顔で書類をのぞき込んだ。


 「それを毎年?」


 「ああ。たぶん、減らした年に足りなかったら誰かが怒る、のが嫌なんだろうな」


 前世でも同じだった。

 必要数を考えるより、多めに積むほうが責任逃れとしては楽だ。

 余ったコストは組織が払う。

 現場で無理するのは下の人間。

 で、誰も改善しない。


 俺は決算書を閉じた。


 「建国祭はやる。けど、赤字前提の垂れ流しはやめる」


 その日の午後、俺は再び会議室を開かせた。


 祭事局、近衛儀典室、厨房、応接係、出納局。

 前回と同じ顔ぶれが並ぶ。

 違うのは、机の上に俺が作らせた一枚紙が置かれていることだ。


 項目は簡単だ。


 案件名。

 責任者名。

 予算上限。

 雨天時の対応。

 中止判断の基準。


 たったそれだけ。


 だが、部屋に入った文官たちは、その紙を見た瞬間に嫌そうな顔をした。


 「殿下、これは……」


 「見ればわかるだろ。責任の所在をはっきりさせる紙だ」


 祭事局長が咳払いをする。


 「建国祭は多くの部署が協力して成り立つものでして、一人に責を負わせる形は」


 「失敗した時だけ全員で曖昧にするのか?」


 「そういう意味ではなく」


 「じゃあ、誰が判断する?」


 局長は答えられなかった。


 俺は構わず続ける。


 「今年は祭事局長、あんたが総責任者をやれ。予算の増減は出納局を通す。厨房は酒樽を九十から五十に戻せ。過去二年の実績で足りる」


 「五十では不足の恐れが」


 「足りなければ追加搬入の手配を事前に決めておけ。最初から余らせるな」


 次に、広場の装飾費。

 輸入の魔導灯は半分に減らした。

 代わりに倉庫に眠っていた宮廷備品を使わせる。

 貴族向けの記念品は数量を見直し、配布対象を明確化。

 騎士団の演武台は新設をやめ、去年のものを補修して再利用。


 派手さは落ちる。

 でも、祭りは普通に成立する。


 「殿下は、建国祭を貧しく見せたいのですか」


 近衛儀典室の男が、露骨に棘のある声を出した。


 「逆だ」


 俺はそいつを見た。


 「毎年赤字を出して、現場だけ疲弊させる祭りのほうが貧しい」


 会議室が静まり返る。


 「見栄で回す祭りは長く続かない。続けたいなら、()()()()()()()()にしろ。それだけだ」


 老書記のハロルドが、わずかに口元を緩めた。

 ミナも後ろで、少しだけ誇らしげな顔をしている。


 俺は前世で、無理を前提に回る現場を知っている。

 人手不足なのに気合いで何とかすると言う上司。

 責任が曖昧なのにみんなで頑張ろうで押し切る会議。

 そういう組織ほど、ある日急に壊れる。


 だから俺は、壊れない範囲までしかやらない。


 誰か一人が頑張りすぎる形は、最初から失敗だ。


 結局、その日のうちに各部署の責任者が決まった。

 反発はあったが、承認印が欲しい以上、従うしかない。


 そして建国祭当日。


 俺は離宮の廊下から、広場の様子を眺めていた。


 去年までより装飾は少し控えめだ。

 酒の匂いも薄い。

 だが、そのぶん動線が整理され、人の流れがスムーズだった。

 酔って倒れる貴族も少ない。

 使用人たちの顔にも、あの切羽詰まった感じがない。


 夕方、ハロルドが報告書を持ってきた。


 「殿下、無事終了いたしました。追加支出は予定内。酒樽も五十で足りました」


 「未開封の余りは?」


 「三樽です。去年は三十一樽でございました」


 「十分だな」


 ミナが感心したように言う。


 「祭りの後なのに、厨房の方々が倒れておりません」


 「それが普通なんだけどな」


 すると、廊下の向こうから数人の侍女が通りかかった。

 彼女たちは俺に気づくと、あわてて頭を下げたが、そのうちの一人がぽつりと漏らした。


 「今年は……静かでしたね」


 「え?」


 侍女は顔を赤くしたが、隣の年上の侍女が言い直す。


 「失礼いたしました。ただ、例年は怒鳴り声ばかりで。誰かが走り回り、誰かが泣いて、祭りが終わる頃には皆ぐったりしておりましたので」


 「今年は違ったか」


 「はい。忙しくはありましたが、何を誰に聞けばいいかが最初から決まっておりました」


 責任者の名前を書いただけで、それか。


 でも、組織ってのはそういうものだ。

 何を誰が決めるかさえ見えれば、無駄な消耗はかなり減る。


 俺は小さく頷いた。


 「それならよかった」


 侍女たちが去ったあと、ハロルドが静かに言った。


 「殿下。出納局に長くおりますが、祭りの後で静かだった、という言葉を聞いたのは初めてです」


 「褒めすぎだ。俺は豪華にしたわけじゃない」


 「ですが、壊れないようにはなさいました」


 その言葉に、少しだけ胸が詰まった。


 壊れないようにする。

 それだけでいいと思っている。

 それ以上はやらないつもりだ。


 なのに、そのそれだけが、この王宮では妙に珍しいらしい。


 その夜、ようやく一息ついていた俺のところへ、侍従長のベルトラムが訪ねてきた。


 「レオン殿下、陛下付きの宰相補佐から言伝でございます」


 「嫌な予感しかしないな」


 「東の備蓄倉と水門の件で、ご相談したいことがあると」


 「……祭りが終わったばかりなんだが」


 「皆、そのように申しております」


 俺は思わず天井を見上げた。


 静かに暮らしたい。

 本当に、それだけなんだけどな。


 どうやら王宮は、少し静かになると次の面倒を持ってくる場所らしい。

読んでいただきありがとうございます。

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