第百四十七話 皇帝の、鏡
一 澱みを、宿す者
バルドルが——自らの身に、ネブロスの澱みを、引き込んでいく。
その体が——黒く、膨れ上がっていく。澱みの、鎧が、肥大し。人の、形を——失っていく。
「ハハ——ハハハ!」バルドルが、哄笑した。声が、歪んでいく。「これが——ネブロスの、力! 古き王の、力! この力が、あれば——アステリアも、同盟国も。すべて——澱みに、沈めてくれる——!!」
「バルドル——!」アルクが、叫んだ。
「やめろ! そんなに、澱みを、取り込んだら——お前自身が、澱みに、呑まれる!」
「呑まれる——?」バルドルが、笑った。「構わん! 力さえ——あれば! 私は——皇帝として。すべてを——統べるのだ——!!」
澱みを、まとった、バルドルが——巨大な、澱みの、化け物へと、変貌していく。
「アルク——あれは、もう」ヴィナが、警戒した。 「人の、姿を——」
「いや」アルクは言った。「まだ——間に合う。バルドルは——まだ、中にいる。澱みに、完全に、呑まれる前なら——救える」
二 もう一人の、皇帝
その時。
戦場に——一つの、門が、開いた。
エニの、門。そこから——一人の、男が、現れた。
長身。白髪。深い、皺。そして——皇帝の、風格。
ガルディア帝国の、皇帝——ガルゼス。
「ガルゼス——!?」アルクは、驚いた。「どうして、ここに!?」
「通信玉で——聞いた」ガルゼスは言った。「アステリアが、ヴァルガルドに、攻められている、と。
——居ても、立っても、いられなかった」
ガルゼスは——澱みの化け物と、化した、バルドルを、見上げた。
その目に——深い、哀しみが、宿った。
「……あれは」ガルゼスは言った。「かつての、私だ」
「ガルゼス——」アルクは言った。
「力で——すべてを、統べようとする」ガルゼスは言った。「力さえ、あれば。皆を、守れる。世界を、正せる。——そう、信じていた、かつての、私の、姿だ」
ガルゼスが——一歩、前に、出た。
「アルク」ガルゼスは言った。「あの男と——話させてくれ。同じ、過ちを、犯した、者として。
——同じ、皇帝として」
三 語りかける
「バルドル——!」ガルゼスが、叫んだ。「聞け! 私は——ガルディア帝国、皇帝、ガルゼス!」
澱みの、化け物が——動きを、止めた。
「皇帝——?」歪んだ、声が、響いた。「他国の、皇帝が——何の、用だ」
「お前に——伝えたいことが、ある」ガルゼスは言った。「私も——かつて、お前と、同じだった」
「同じ——だと?」
「ああ」ガルゼスは言った。「私は——二百年、生きた。その間——ずっと、信じていた。力こそ、すべて。力で、世界を、統べれば。皆を、守れる、と。——だから、戦い続けた。多くの、命を——犠牲にして」
ガルゼスの、声が——震えた。
「だが——間違っていた」ガルゼスは言った。「力で、得たものは——恐怖と、孤独、だけだった。私の、周りからは——人が、消えていった。誰も——信じられなくなった。二百年——私は、独りだった」
「……」バルドルが、聞いていた。
「お前も——そうだろう、バルドル」ガルゼスは言った。「力を、求めて。澱みにまで、手を出して。——その結果。お前の、周りに、誰が、残った? お前の、軍は——崩れ、逃げた。お前は——今、独りだ。違うか?」
澱みの、化け物が——わずかに、震えた。
四 二度目の、選択
「私は——」ガルゼスは言った。「一人の、男に、出会って。変わった」
ガルゼスは——アルクを、見た。
「この、男だ」ガルゼスは言った。「アルク。——こいつは、私に。力では、なく。与えることを、教えてくれた。縁を、結ぶことを。——力で、奪うのでは、なく。手を、差し伸べることを」
「与える——だと?」バルドルの、声が、歪んだ。「そんな、甘いことで——世界が、統べられるか!」
「統べる、必要は——ない」ガルゼスは言った。「私は——気づいた。世界は——統べるものでは、ない。共に——生きるものだ。手を、取り合って。縁を、結んで。——その方が。力で、統べるより。ずっと——豊かで。ずっと——温かい」
ガルゼスが——澱みの化け物に、手を、差し伸べた。
「バルドル——」ガルゼスは言った。「まだ、間に合う。澱みを——手放せ。力を——求めるのを、やめろ。お前も——やり直せる。私が——そうだったように」
「黙れ——!」バルドルが、叫んだ。澱みが、荒れ狂う。「今さら——やめられるか! 私は——もう。この力なしでは——!!」
「バルドル——!」ガルゼスが、叫んだ。
だが——澱みは。バルドルの、心を、呑み込もうと、していた。
五 救いの、手
「ガルゼス——」アルクは言った。「後は——俺が」
「アルク——?」
「お前の、言葉は——届いてる」アルクは言った。 「バルドルの、心に。でも——今のバルドルは。澱みに、呑まれかけて。自分じゃ——抜け出せない。なら——」
アルクは——竜化アルファから、降り、前に、出た。
「俺が——澱みを、引き受ける」アルクは言った。
「アルク——!」ヴィナが、叫んだ。「危険だ! あれだけの、澱みを——引き受けたら!」
「大丈夫だ」アルクは言った。「俺には——《還元》が、ある。与えた、すべてが、返ってくる、力。
——バルドルの、澱みを。引き受けて。浄化する」
アルクは——澱みの化け物に。手を、かざした。
「バルドル——!」アルクは、叫んだ。「お前の、苦しみ。お前の、孤独。——全部、俺が、引き受ける! だから——戻ってこい!」
「《還元》——!!」
アルクが——バルドルの、澱みを。一気に、引き受け始めた。
膨大な、澱み。ネブロスの、力。それが——アルクに、流れ込んでくる。
「ぐっ——!」アルクが、歯を、食いしばった。「すごい、量だ——! でも——!」
アルクは——その澱みを。《還元》で、浄化していく。一気に。光に、変えて。
六 受け継ぐ、想い
だが——澱みは、あまりに、多かった。
アルク、一人では——抱えきれない、ほどの。
「アルク——!」ライナが、叫んだ。「一人で、抱え込むな!」
ライナが——アルクの、隣に、来た。
「俺の、ギフトを——使う」ライナは言った。
「《人の、痛みを、引き受け、守る、力》——! アルク、お前の、苦しみを。半分——俺が、引き受ける!」
ライナの、胸元の、ギフトが——強く、輝いた。
アルクが、引き受けた、澱みの、苦しみを——ライナが、半分、肩代わりする。
「ライナ——!」アルクは言った。
「お前は——いつも、一人で、背負いすぎだ」ライナは、笑った。「俺たちは——仲間、だろ?」
「あたしも——!」ヴィナが、来た。
「あたしも——!」ネッサが。
ガレオが。ガドルが。バルガが。リィナが。フィリアが。守り手たちが。
みんなが——アルクの、周りに、集まり。それぞれの、力で——アルクを、支えた。
「一人じゃ——ない」アルクは、つぶやいた。「そうだな。——俺たちは、仲間だ」
みんなの、力で——澱みの、浄化が、加速した。
七 救われる、皇帝
澱みが——浄化されていく。
巨大な、化け物が——少しずつ、縮んでいく。元の、人の、姿へ。
そして——ついに。
澱みが——すべて、浄化された。
化け物の、中から——一人の、男が、現れた。鉄帝国ヴァルガルドの、皇帝、バルドル。澱みの、抜けた、その顔は——憑き物が、落ちたように、穏やかだった。
「私は——」バルドルが、つぶやいた。「何を——していたんだ」
バルドルが——膝を、ついた。
「力に——とり憑かれていた」バルドルは言った。「澱みの、声に——唆されて。大陸を、統一すれば。皆を——統べられる、と。——だが」
バルドルは——ガルゼスを、見た。
「お前の、言う通りだ」バルドルは言った。「私の、周りには——誰も、残らなかった。力で、得たものは——孤独だけ、だった」
「バルドル——」ガルゼスが、手を、差し伸べた。 「やり直せる。私が、そうだったように」
バルドルが——その手を、見つめた。そして——震える手で。握り返した。
「……すまなかった」バルドルは言った。涙を、流して。「アステリアの、者たちよ。私は——お前たちを、滅ぼそうと、した。なのに——お前たちは。私を——救ってくれた」
「困ってる人がいたら——手を、伸ばす」アルクは、微笑んだ。「敵でも、味方でも。——関係ない」
八 大同盟
戦いは——終わった。
ヴァルガルドの、皇帝バルドルは——救われ。澱みは——浄化された。
「アステリアの、賦活師よ」バルドルは言った。
「いや——アルク殿。私は——間違っていた。これからは——償いたい。アステリアと。同盟国と。——共に、歩みたい」
「ああ」アルクは言った。「歓迎する。——ヴァルガルドも、縁の、一つだ」
こうして——鉄帝国ヴァルガルドも。
アステリアの、縁に——加わった。
武の国ガラント。知の国ミネルヴァ。空の、ウィンドラ族。そして——鉄帝国ヴァルガルド。
大陸の、大国が——アステリアを、中心に。一つの、大きな、縁で——結ばれた。
「すごい、ことに——なったな」ヴィナが、戦場を、見渡して、言った。
「ああ」アルクは言った。「敵だった、ヴァルガルドも——仲間になった。これで——大陸の、縁が。大きく、広がった」
「これだけの、縁が、あれば」ライナが、言った。「いずれ——ネブロスの、古き王が、目覚めても。立ち向かえる」
「ああ」アルクは——北の、地底を、見た。
地下帝国ネブロス。澱みの、根源。古き王。
ヴァルガルドが、手を出した——その、力の、大本。
いずれ——対峙する、ことに、なる。
だが——アルクは。
もう——恐れていなかった。
「対ネブロスの——大同盟、だな」アルクは、微笑んだ。「武の国も。知の国も。空の民も。鉄帝国も。故郷も。——みんなで、縁を、結んだ。古き王が——どれだけ、強くても。この、縁が、あれば——負けない」
九 星空の下で
その夜。
アステリアでは——勝利と、新たな、縁を、祝う、宴が、開かれた。
ガラントのゼルダ。救われた、バルドル。フィリア。ゴウダ。シエル。——多くの、賓客と、仲間が、集った。
「アルク殿——!」ゼルダが、酒杯を、掲げた。「見事な、戦いだった! お前の、無双——目に、焼き付いたぞ!」
「アルク殿の、力は——驚異的、ですわ」フィリアが、言った。「あの、創生の、攻撃。あれだけの、技が、ありながら。敵を——救う。研究しがいが——ありますわ!」
「ふふ」アルクは、笑った。
ガルゼスと、バルドル——二人の、皇帝が、並んで、語り合っていた。
「お前も——苦労したのだな」バルドルが、言った。
「ああ」ガルゼスが、言った。「二百年——独りだった。だが、今は——縁が、ある。お前にも——できる」
かつて、力に、囚われた、二人の、皇帝が。今は
——縁を、語り合っていた。
その、光景を——アルクは、温かく、見つめた。
「アルク」ヴィナが、隣に、来た。「お前は——また、一人。敵を、仲間に、変えたな」
「俺だけの、力じゃ、ない」アルクは言った。「ガルゼスの、言葉。ライナの、ギフト。——みんなの、力だ。それに——」
アルクは——星空を、見上げた。
「与えてきたものが——返ってきてる」アルクは言った。「ずっと——困ってる人に、手を、伸ばしてきた。その、積み重ねが。今——こんなに、大きな、縁に、なってる」
「お前らしいな」ヴィナが、微笑んだ。
「ああ」アルクは、笑った。
星の国、アステリア。
その、縁は——今や、大陸全土に、広がった。
武の国。知の国。空の民。鉄帝国。故郷。多種族。
すべてが——アルクの「与える」心から、始まった、縁。
そして——その縁は。
いずれ来る、地底の、古き王との、決戦に向けて。
大きな——力に、なっていく。
爽快な、無双の、力と。
敵すら、救う、温かい、心と。
果てなく、広がる——縁の、絆を、胸に。
星の国の、物語は——次の、大きな、戦いへと。歩みを、進めていく。




