第百三十九話 皇帝の、横顔
一 久しぶりの、訪問
アルクが、空間を、繋ぐ力に、目覚めて——数日後。
ガルディア帝国の、皇帝ガルゼスが——アステリアを、訪れた。
久しぶりの、来訪だった。エニの門を、通って。
「久しいな、アルク」ガルゼスは言った。だが——その顔は、どこか、沈んでいた。
「ガルゼス」アルクは言った。「どうした。——元気が、ないな」
「……わかるか」ガルゼスは言った。
「ああ」アルクは言った。「何か——あったのか?」
ガルゼスは——しばらく、黙っていた。
「アルク」ガルゼスは言った。「お前に——聞きたいことが、あって、来た。いや——お前と、話したかった、のかもしれぬ」
二 帝国の、古文書
アルクは——ガルゼスを、屋敷に、招き、二人で、話した。
「実は——」ガルゼスは言った。「帝国の、最も、古い、禁書庫から。ある、古文書が、見つかった。長年、誰も、開けなかった——封印された、書物だ」
「禁書庫——」アルクは言った。
「我が、帝国王家の、起源に、関わる、書物だ」ガルゼスは言った。「読んで——私は、愕然とした」
ガルゼスの、声が——重くなった。
「アルク。——我が、帝国王家には、魔族の血が、流れていると、言ったな」ガルゼスは言った。「澱みを、操り、魔物を、従える血。長命の、血」
「ああ」アルクは言った。
「その、血の——起源が、書かれていた」ガルゼスは言った。「我が、帝国王家の、祖は——遥か、昔。この世界では、ない、別の、場所から、来た、と」
「別の、場所——?」アルクは、はっと、した。
「ああ」ガルゼスは言った。「古文書には——こう、書かれていた。『我らが、祖は、深淵より、来たれり。澱みの、根源、地の底の王国より』と」
「地の底の、王国——」アルクは、息を、呑んだ。
三 動揺する、皇帝
「アルク」ガルゼスは言った。「お前は——以前、言っていたな。この、新しい世界の、地底に。澱みの、根源——ネブロス、という、王国が、あると」
「ああ」アルクは言った。「女神様が、防壁で、抑えてる。澱みの、根源だ」
「もし——」ガルゼスは言った。声が、震えていた。「もし、我が、帝国王家の、祖が。その、ネブロスから、来たのだとしたら。——私は。私の、一族は」
ガルゼスが——拳を、握りしめた。
「澱みの、根源の——血筋、ということに、なる」ガルゼスは言った。「——その、大本が。私自身の、祖、だとしたら」
「ガルゼス——」アルクは言った。
「私は——何者なのだ」ガルゼスは、絞り出すように、言った。「お前と、和解し。過ちを、悔い。世界を、良くしようと、誓った。なのに——私の、根は。世界を、滅ぼそうとする、澱みの、王国に、繋がっている。——私は、結局。悪の、血筋、なのか」
四 血ではなく
「ガルゼス」アルクは——静かに、言った。「血なんて、関係ない」
「だが——」
「お前が、どんな、血を、引いていようと」アルクは言った。「今の、お前は。アステリアの、協力者で。ガレオに、頭を、下げて、謝れる、男で。一兵卒の、名前を、覚えて、『生きてくれて、ありがとう』と、言える、男だ。——それが、お前だ」
「アルク——」
「ライナを、見ろ」アルクは言った。「あいつは
——長く、敵だった。でも、今は——アステリアの、大切な仲間だ。ガレオも。セバスも。——みんな、過去や、出自を、越えて。今の、生き方で、生きてる」
「……」
「血が、悪でも」アルクは言った。「お前が、悪とは、限らない。むしろ——澱みの、根源の、血を、引きながら。お前は、世界を、良くしようとしてる。それは——血に、打ち勝った、ってことだ。すごいことじゃ、ないか」
ガルゼスが——アルクを、見た。
「お前は——」ガルゼスは言った。「いつも、そうだ。私の、最も、深い、闇すら。——光に、変えてしまう」
「闇を、光に、変えるのは」アルクは言った。「お前自身だ。俺は——きっかけを、言っただけだ」
五 二度目の、選択
「だが——アルク」ガルゼスは言った。「もし。もし、いつか。ネブロスの——その、古き王が、目覚め。私の、一族に。『戻ってこい』と。『澱みの、王国の、血族として、共に、世界を、覆え』と——誘ってきたら」
ガルゼスの、目が——揺れた。
「私は——どう、するべきか」ガルゼスは言った。
「血の、呼び声に——抗えるのか。一族の、起源に。——私は、二度目の、選択を、迫られるかもしれぬ」
「二度目の、選択——」アルクは、つぶやいた。
「一度目は——お前と、戦い、和解した」ガルゼスは言った。「方舟の、論理を、捨て。お前の、縁の、道を、選んだ。だが——二度目は。もっと、根源的な、選択だ。私の、血そのものとの、戦い」
「ガルゼス」アルクは言った。「お前は——もう、選んでる」
「何?」
「『どう、するべきか』と、悩んでる、時点で」アルクは言った。「お前は、もう——澱みの、誘いを、拒もうと、してる。本当に、澱みの、血に、呑まれる、奴は。——悩まない。迷わず、澱みに、染まる。でも、お前は——迷ってる。世界を、良くしたいと、願いながら。——それが、答えだ」
「……答え、か」ガルゼスは言った。
「それに」アルクは、微笑んだ。「もし、その時が、来ても。お前は——一人じゃ、ない。俺が、いる。アステリアが、いる。みんなが——お前を、引き止める。血の、呼び声より、強い、縁で」
ガルゼスが——長い、沈黙の後。
わずかに——笑った。
「……お前は、本当に」ガルゼスは言った。「敵わぬな。二百年、生きた、私が。お前の前では——ただの、迷える、男だ」
「迷うのは——人間の、証だ」アルクは言った。「お前は、ちゃんと——人間だ。血が、なんであろうと」
「……ありがとう、アルク」ガルゼスは言った。
その横顔は——来たときより、少し、晴れていた。
だが——アルクは、感じていた。
ガルゼスの、抱えた、葛藤。澱みの、根源の、血。古き王の、影。——それは、いつか。アステリアと、ガルゼスに。大きな、選択を、迫る、ことに、なる。
その、予感を——胸に、留めながら。
六 夜の、語らい
ガルゼスが、帰った、夜。
アルクは——一人、広場で、考え込んでいた。
「アルクさん」ネッサが、来た。「難しい顔——してますね」
「ネッサ」アルクは言った。「ガルゼスのこと——少し、心配でな」
「皇帝、悩んでましたね」ネッサは言った。隣に、座って。「でも——アルクさんが、励ましたから。大丈夫ですよ」
「だといいな」アルクは言った。
しばらく——二人で、星空を、見上げた。
「アルクさん」ネッサは言った。「あたし——思うんです。アルクさんは、いつも、誰かの、悩みを、引き受けて。励まして。——でも、アルクさん自身は。誰に、悩みを、話すんですか?」
「俺?」アルクは言った。「俺は——別に。悩みなんて」
「ありますよ」ネッサは言った。「絶対。——だって、アルクさんも、人間ですから」
ネッサが——アルクを、まっすぐ、見た。
「あたしで、よければ」ネッサは言った。「いつでも、話してください。アルクさんが、みんなを、支えるみたいに。——あたしも、アルクさんを、支えたいんです」
「ネッサ——」アルクは言った。
「あ——!」ネッサが、急に、顔を、赤くした。「い、今のは。その——仲間として、ですよ! 仲間として!」
「……ありがとう、ネッサ」アルクは、微笑んだ。
「お前が、いてくれて——心強い」
「うう——」ネッサが、さらに、赤くなった。「だから、そういうことを——さらっと、言わないでください!」
その時。
「何を、二人で、話してるんだ」
ヴィナが——来た。少し、ふくれた顔で。
「あ、ヴィナさん!」ネッサが、慌てた。
「また——二人で」ヴィナは言った。「あたしも、混ぜろ」
「ヴィナさんも、星、見ますか?」ネッサが、言った。
「ああ」ヴィナは——アルクの、反対側に、座った。
三人で——星空を、見上げた。
「……アルク」ヴィナは言った。「ガルゼスのこと。お前が、励ましたんだろう」
「ああ」アルクは言った。
「お前は——いつも、そうだ」ヴィナは言った。「敵だった、奴すら。励まして、救う。——そういう、お前を。あたしは」
ヴィナが——言葉を、止めた。
「あたしは——尊敬してる」ヴィナは言った。少し、顔を、赤くして。「それに——その。好き、だ」
「ヴィナさん——!」ネッサが、目を、見開いた。
「ず、ずるいです! あたしも——」
「あ——」ヴィナが、はっと、した。「い、今のは——!」
「ふふ」アルクは——二人を、見て、笑った。「お前たち、本当に——仲が、いいな」
「「そういう、ことじゃ、ない!」」二人が、同時に、言った。
星空の下。
賑やかで、温かい——三人の、夜。
恋の、行方は——まだ、わからない。
でも——その、温かさは。確かに、深まっていた。
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