第百三十五話 知を尊ぶ、国
一 学者の、来訪
祝祭から——半月。
アステリアは、いつもの、賑わいを、取り戻していた。
そんなある日。ギルド支店から、報せが、来た。
「アルクさん」ガレオが、言った。防衛隊長として。「南西の、街道から——一団が、来ます。だが——軍じゃ、ない。荷馬車に、本や、巻物を、山ほど、積んだ——奇妙な、一団です」
「本を——山ほど?」アルクは言った。
「ええ」ガレオは言った。「武装は、ほとんど、ない。でも——身なりは、良い。それなりの、国の、使節のようです」
「セバス、心当たりは?」アルクは、執事に、聞いた。
「ドラクロワ伯爵から、いただいた、各国の、資料に、よれば——」セバスは、瞬時に、答えた。
「本を、重んじる国——おそらく、知の国、ミネルヴァ、で、ございましょう。学問と、知識を、何よりも、尊ぶ、大国です」
「知の国——」アルクは言った。「武の国の、次は、知の国か」
二 知の国、ミネルヴァ
一団が——到着した。
先頭に立つのは——一人の、若い女性だった。
分厚い、眼鏡。きっちりと、結い上げた、髪。学者然とした、ローブ。手には——常に、開いた、本を、抱えている。だが——その目は、好奇心に、爛々と、輝いていた。
「初めまして」女性は言った。早口で。「わたくし、知の国ミネルヴァ、王立図書院、筆頭研究員——フィリア・メイズ、と、申します。この度は——アステリアという、極めて、興味深い国の、調査の、許可を、いただきたく、参上、いたしました」
「調査——?」アルクは言った。
「ええ!」フィリアは、目を、輝かせた。「聞きましたわ! 荒野に、突如、出現した、町。多種族の、共生。魔の獣を、退ける、力。——どれも、学術的に、極めて、貴重な、事例です! ぜひ——研究、させて、いただきたい!」
その、勢いに——アルクたちは、少し、たじろいだ。
「あ、ああ」アルクは言った。「えーと——調査、というのは」
「あらゆる、ことを、記録させて、いただきます!」フィリアは言った。「町の、成り立ち。種族間の、関係。経済の、仕組み。ああ、考えただけで——わくわくが、止まりません!」
三 リィナとの、邂逅
その時。
リィナが——フィリアの前に、進み出た。
二人の、研究者が——目を、合わせた。
「……あなた」リィナが、言った。「知の国の、研究員」
「ええ」フィリアが、言った。「あなたは?」
「リィナ。アステリアの、魔術師——いえ、研究者です」リィナは言った。「未知を、解き明かすのが
——専門です」
二人の、目が——火花を、散らした。だが
——敵意ではない。同類を、見つけた、興奮だった。
「未知を——解き明かす!?」フィリアが、食いついた。「あなた——この町の、現象を、どこまで、解析、していますの!?」
「土壌、水脈、気候、魔力濃度——基本的な、データは、すべて」リィナは言った。「特に——アルクの
《創生》と、縁の、相関については、興味深い、傾向が」
「創生!?、縁との——相関!?」フィリアが、目を、輝かせた。「詳しく! ぜひ、詳しく、聞かせて、ください!」
「データを、共有、しましょう」リィナは言った。珍しく——少し、嬉しそうに。「私も——他国の、研究者の、見解に、興味が、あります」
「ええ、ぜひ——!」
二人の、研究者が——意気投合した。
「……気が、合うみたいだな」アルクは、苦笑した。
「同類、ですね」ヴィナが、笑った。
四 知の国の、流儀
その夜。セバスの、采配で——フィリアたちを、もてなす、宴が、開かれた。
ガラントの、ときに、学んだ、作法で。アルクたちは——以前より、ずっと、堂々と、賓客を、もてなした。
「素晴らしい、もてなしですわ」フィリアは、感心した。「記録、記録——」と、何でも、本に、書き留めながら。
「フィリア殿」アルクは言った。「知の国ミネルヴァは——どんな、国なんだ?」
「知識こそ、力。学問こそ、国の、礎」フィリアは言った。「それが——ミネルヴァの、国是ですわ。我が国は——武力では、なく。知識で、栄えてきました。あらゆる、学問。あらゆる、技術。あらゆる、知恵を——集め、記録し、後世に、伝える。それが——我らの、誇りです」
「立派な、国だな」アルクは言った。
「ですが——」フィリアの、表情が、少し、曇った。「正直に、申し上げますと。我が国も——困って、おりますの」
「困ってる?」
「魔の獣です」フィリアは言った。「ここ数年——大陸を、脅かす、魔の獣の、群れ。我が国は——武力が、弱い。だから——魔の獣に、対抗、できないのです。多くの、貴重な、書物が——魔の獣に、焼かれ、失われました」
「武の国も——苦戦してた」アルクは言った。「ガラントが」
「ええ」フィリアは言った。「武の国でも、敵わぬ、魔の獣。知の国では——なおさら。だから——わたくしは、調査と、同時に。お願いも、あって、参りましたの」
五 知恵と、力
「お願い——?」アルクは言った。
「アステリアは——魔の獣を、退ける、力が、ある」フィリアは言った。「その、力の、原理を——研究し、我が国でも、対抗策を、立てたいのです。そして——もし、叶うなら。アステリアと——交流を、結びたい。知識と、力の、交換を」
「知識と、力の——交換?」
「ええ」フィリアは言った。「我が国は——あらゆる、知識を、持っています。農業。建築。医術。魔法理論。——アステリアの、発展に、役立つ、知恵が、たくさん。それを——提供します。代わりに——アステリアの、魔の獣を、退ける、力を。共有して、いただきたい」
アルクは——カインを、見た。
「どう思う、カイン」
「願ってもない、話です」カインが、言った。「知の国の、知識は——計り知れない。アステリアの、発展に——大きく、寄与します。医術、農業、建築——どれも、町を、豊かにする。そして——」
カインが、少し、声を、潜めた。
「ネブロスへの、対抗策も」カインは言った。「知の国の、知恵が、加われば——もっと、効果的な、戦い方が、見つかるかもしれない。リィナと、フィリア殿が、組めば——なおさら」
「なるほど」アルクは、頷いた。そして、フィリアに。「フィリア殿。——その話、受けよう。知識と、力を、交換しよう。お互いの、ために」
「本当ですか——!?」フィリアが、目を、輝かせた。「ああ——なんという、僥倖! アステリアの、研究が、できて。しかも——交流まで! 記録、記録——!」
「フィリア殿、落ち着いて」リィナが、苦笑した。
「同類ですが——少し、暑苦しいです」
「あなたに——言われたく、ありませんわ!」フィリアが、言った。
二人の、研究者が——言い合いながらも、楽しそうだった。
六 不穏な、報せ
宴も、終わりに近づいた頃。
フィリアが——ふと、真剣な顔に、なった。
「アルク殿」フィリアは言った。「一つ——お伝えして、おくべき、ことが」
「なんだ?」
「魔の獣の、ことです」フィリアは言った。「我が国の、研究で——わかったことが、あります。最近——魔の獣の、出現の、仕方が。変わってきている」
「変わってきてる——?」アルクは言った。
「ええ」フィリアは言った。「以前は——ただ、暴れるだけの、獣でした。でも——最近の、魔の獣は。なんというか——統率されている。まるで——誰かに、率いられているように。組織立って、動くのです」
「率いられている——」アルクは、息を、呑んだ。
『……アルク』エニが、静かに、言った。『私も——感じていた。地の底の、気配が——変わってきている。ただの、澱みの、漏れ出しではない。何か——意志のようなものが』
「意志——?」アルクは言った。
「我が国の、最も、古い、記録に」フィリアは言った。「こんな、一節が、あります。『地の底、深淵には——澱みを、統べる、古き、王、眠れり』と。
——もし、その、伝承が、本当なら。魔の獣を、率いている、何かが——目覚めつつあるのかも、しれません」
場に——緊張が、走った。
「澱みを、統べる、古き、王——」アルクは、つぶやいた。
「ただの、伝承かも、しれません」フィリアは言った。「でも——念のため、お伝えして、おこうと。我が国の、知識が——いつか、お役に、立つかも、しれませんから」
「……ありがとう、フィリア殿」アルクは言った。「貴重な、情報だ」
アルクは——北の、地底の、方を、見た。
ネブロス。澱みの、根源。
そこに——何か、大きなものが、動き始めている。その、予感が——アルクの、胸を、よぎった。
「アルク」ヴィナが、言った。「気を、引き締めないとな」
「ああ」アルクは言った。「でも——焦らない。知の国とも、縁が、結べた。仲間も、増えてる。みんなで——備えよう。何が、来ても」
知の国ミネルヴァとの、新たな、縁。
そして——地底に、蠢く、不穏な、影。
アステリアの、物語は——次の、大きな、うねりへと、向かい始めていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ご評価、リアクション、ブックマーク頂けますと執筆の励みになります。
どうぞよろしくお願いします。




