第百三十一話 真心の、かたち
一 町を、歩く
翌日。
ドラクロワは——アステリアの、町を、見て回りたい、と、言った。
「案内、しよう」アルクは言った。
「いや」ドラクロワは言った。「案内は、要らぬ。私が——勝手に、見て回る。取り繕った、姿では、なく——ありのままの、アステリアを、見たい」
「わかった」アルクは言った。「好きに、見てくれ」
ドラクロワは——一人で、町を、歩いた。供も、連れずに。
彼は——アステリアの、ありのままを、見た。
コダマ族と、ミズチ族と、人間が、一緒に、畑を、耕している。元・帝国民が、職人と、並んで、家を、建てている。子供たちが、種族の、区別なく、駆け回っている。
水の街道の、ほとりの、水辺の庭で——様々な、種族が、憩っている。
「……奇妙な、町だ」ドラクロワは、つぶやいた。「種族も、出自も、違う者たちが——なぜ、争わずに、共に、いられる」
二 ガレオの、姿
町の、外れで——ドラクロワは、防衛隊の、訓練を、見た。
隊長の、ガレオが——隊員たちを、指導していた。義手で、剣を、振りながら。
「ガレオ隊長——!」隊員たちが、慕っていた。
その時——ドラクロワは、気づいた。隊員の、中に、ミズチ族や、コダマ族の、若者も、混じっていることに。
「あなたは——」ドラクロワが、ガレオに、声をかけた。「その、義手は——」
「ああ、これは」ガレオは言った。「アルクさんが
——創って、くれたんです。俺は、元・帝国兵で。腕を、失っていた。でも——アルクさんが、もう一度、守れるようにと。この手を」
「帝国兵——だと?」ドラクロワは、驚いた。「敵だった者に——手を、与えた、のか」
「はい」ガレオは言った。「俺は——かつて、アルクさんたちと、戦った。仲間を、失った。腕も。——なのに、アルクさんは、俺を、受け入れ、手を、くれた。だから、俺は——この町を、命がけで、守ります。誰一人——失わせない」
ドラクロワは——言葉を、失った。
「……敵を、許し、仲間に、する」ドラクロワは、つぶやいた。
三 子供たちの、声
ドラクロワが——広場を、歩いていると。
子供たちが——駆け寄ってきた。コダマ族の子。ミズチ族の子。人間の子。
「おじいちゃん、だあれ?」子供が、無邪気に、聞いた。
「私は——ガラントから、来た、客人だ」ドラクロワは言った。少し、戸惑いながら。
「ガラント? 遠いの?」
「ああ、遠い」
「じゃあ、疲れたでしょ!」子供が、言った。
「あのね、あそこの、水辺の庭で、休むといいよ! お水、すっごく、きれいで、疲れが、取れるんだ!」
「ネッサお姉ちゃんの、ごはんも、食べた!?」別の子が、言った。「すっごく、おいしいよ!」
「おじいちゃん、また、来てね!」
子供たちが——口々に、言った。見知らぬ、老貴族に。警戒も、なく。ただ——温かく。
ドラクロワは——その、無垢な、笑顔を、見て。
何かを——言いかけて、口を、つぐんだ。
「……この子らは」ドラクロワは、つぶやいた。「種族も、違うのに。よそ者の、私にすら——こんなに、温かい」
四 ドラクロワの、述懐
夕暮れ。
ドラクロワは——アルクを、訪ねた。
「アルク殿」ドラクロワは言った。「一日、町を、見させて、もらった。——正直に、言おう」
「ああ」アルクは言った。
「私は——間違っていた、かもしれぬ」ドラクロワは言った。
「間違って——?」
「私は——五十年、外交の、最前線で、生きてきた」ドラクロワは言った。「礼節こそ、国の、品格だと、信じて。作法を、重んじぬ国は——信義も、軽んじる、と。——だから、アステリアを、『田舎の、成り上がり』と、侮っていた。力は、あれど、品格は、あるまい、と」
「……」
「だが——」ドラクロワは言った。「この町を、見て、わかった。アステリアの、作法は——確かに、未熟だ。格式も、まだ、ない。だが——」
ドラクロワの、声が——少し、震えた。
「ここには——私が、五十年、探し求めても、見つけられなかった、ものが、ある」ドラクロワは言った。「真心だ。種族の、違いを、越え。敵だった者すら、許し。子供が、よそ者にすら、笑顔を、向ける。
——これほど、温かい国を、私は、知らぬ」
「ドラクロワ伯爵——」
「私は——作法を、信義の、証だと、言った」ドラクロワは言った。「だが——本当の、信義は。形では、なかった。心だった。——アステリアには、形は、未熟でも。誰よりも、深い、心が、ある。それこそが
——真の、品格だ」
五 老貴族の、過去
「実は——」ドラクロワは言った。「私にも——後悔が、ある」
「後悔?」アルクは言った。
「若い頃——私は」ドラクロワは言った。「ある、小国との、同盟交渉を、任された。その国は——力は、弱く、作法も、未熟だった。私は——『品格なし』と、判断し、同盟を、断った。だが——その国は、心の、温かい、よい国だった」
ドラクロワの、目が——遠くを、見た。
「同盟を、断られた、その国は——後に、澱みの災厄で、滅んだ」ドラクロワは言った。「もし——あのとき、私が、同盟を、結び、手を、差し伸べていれば。あの国の、人々は——救えたかもしれぬ。私は——形に、こだわり、心を、見落とした。その、過ちで
——一つの国を、見殺しに、した」
「ドラクロワ伯爵——」
「以来、私は——さらに、厳しく、作法を、重んじるように、なった」ドラクロワは言った。「己の、過ちを——直視できずに。『あの国は、品格が、なかったのだ』と、思い込もうと、して。——だが、本当は。私が、心を、見なかった、だけ、だった」
ドラクロワが——アルクを、見た。
「アルク殿」ドラクロワは言った。「あなたは——子供にすら、よそ者を、歓迎させる、町を、創った。敵を、許し、仲間に、する、町を。——私が、見殺しに、した、あの国も。きっと、こんな国に、なれた、はずだった」
六 差し出される、手
「ドラクロワ伯爵」アルクは言った。「あんたは
——過ちを、悔いている。それは——心が、まっすぐな、証だ」
「アルク殿——」
「あんたが、五十年、作法を、重んじてきたのも」アルクは言った。「本当は——もう二度と、国を、見殺しに、したくない、という、想いからだろう。形を、守ることで——心を、守ろうと、してきた」
ドラクロワが——息を、呑んだ。
「だから——あんたは、間違って、なんかいない」アルクは言った。「礼節を、重んじる、その心は——立派だ。ただ——形と、心。両方、大事なんだ。あんたの、礼節と。アステリアの、真心。——両方、あれば、最強だ」
「両方——」ドラクロワは、つぶやいた。
「だから——」アルクは、手を、差し出した。「俺たちに、作法を、教えてくれないか。あんたの、五十年の、知恵を。代わりに——アステリアの、真心を、受け取ってくれ。一緒に——いい、付き合いを、しよう。ガラントと、アステリアで」
ドラクロワは——その、差し出された手を、見つめた。
長い、沈黙の後。
老貴族の、目から——一筋の、涙が、こぼれた。
「……アルク殿」ドラクロワは言った。「あなたは
——私の、五十年の、後悔すら。受け止めて、くれるのか」
「ああ」アルクは言った。「過去も、後悔も——全部、引き受ける。それが、俺の、やり方だ」
ドラクロワが——アルクの手を、握った。
「ガラント王、ザドルグ陛下に——進言、いたそう」ドラクロワは言った。「『アステリアは——真の、品格を、持つ国なり。同盟を、結ぶに、ふさわしし』と。——いや」
ドラクロワが——笑った。五十年の、重荷を、下ろしたように。
「私自身が——アステリアの、後ろ盾に、なろう」ドラクロワは言った。「この、老骨の、残りの、人生を、かけて。あなた方の、外交を——支えよう。二度と——心を、見落とさぬために」
「ありがとう、ドラクロワ伯爵」アルクは言った。
七 二つの、宝
ドラクロワが、ガラントへ、帰る、朝。
彼は——セバスチャンに、声を、かけた。
「執事よ」ドラクロワは言った。「お前の、采配——見事だった。お前のような、者が、いれば、アステリアの、外交は、安泰だ」
「恐れ入ります」セバスは、礼を、した。
「だが——一つ、頼みが、ある」ドラクロワは言った。「私が、ガラントから、宮廷作法の、指南書を、送ろう。五十年の、知恵を、まとめた、ものだ。
——アステリアの、外交の、礎に、してくれ」
「……ありがたき、幸せ」セバスは、深く、頭を、下げた。
そして——ドラクロワは、ヴィナにも。
「ヴィナ殿」ドラクロワは言った。「あなたは——剣士で、ありながら、淑女の、役を、立派に、務めた。取り繕わず、真心で。——あなたのような、ご婦人が、外交の、顔なら。アステリアは——安泰だ」
「ありがとうございます、ドラクロワ伯爵」ヴィナは——今度は、自然な、淑女の礼で、言った。「あなたから——多くを、学びました」
「いや——」ドラクロワは言った。「学んだのは——私の方だ。真心の、何たるかを。——礼を、言う」
ドラクロワの、馬車が——去っていった。
その背中は——来たときより、ずっと、晴れやかだった。
「……いい、人だったな」ヴィナが、言った。
「ああ」アルクは言った。「厳しかったけど——根は、まっすぐな、人だった」
「外交って——奥が、深いですね」ネッサが、言った。
「ええ」セバスが、言った。「作法という、形と。真心という、心。——その、両方が、揃って、初めて。国と、国は、真に、結ばれます。アステリアは
——その、両方を、手に、入れました」
アルクは——ガラントの方を、見た。
武の国、ガラント。第三軍団長、ゼルダ。外務卿、ドラクロワ。——二人の、心を、動かし。
アステリアは——大国との、確かな、絆を、手に、入れた。
力でも。作法でもなく。
真心で。
「さあ」アルクは言った。「次は——ガラント王の、正式な、返事を、待つ番だな」
「ええ」セバスが、微笑んだ。「ですが——もう、案ずる、ことは、ございません。ドラクロワ伯爵が——後ろ盾に、なってくださった。同盟は——間違い、ございません」
アステリアに——また一つ、大きな、縁が、結ばれようとしていた。
武の国との、絆。
そして——真心と、礼節。二つの、宝を、得て。
星の国は——大国と、肩を、並べる、一歩を、踏み出した。
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