第百二十八話 作法を、知らない
一 軍団長の、立場
ゼルダとの、宴の、翌朝。
ガラントへ、帰る、支度を、しながら——ゼルダが、アルクに、言った。
「アルク。昨夜は——『同盟を、提案する』と、言ったが」ゼルダは言った。「正確には——少し、違う」
「違う?」アルクは言った。
「私は——第三軍団長だ」ゼルダは言った。「一軍を、預かる、身では、あるが。——同盟という、国の、大事を、決める、立場には、ない。それは
——我が王、ガラント王、ザドルグ陛下の、お決めになることだ」
「ああ——そうか」アルクは言った。「軍団長でも、勝手には——決められないのか」
「当然だ」ゼルダは言った。「私が、できるのは
——王に、ありのままを、報告し、進言すること。
『アステリアは、脅威に、あらず。共に、戦える、隣人なり。同盟を、結ぶべし』と。——その先は、王が、お決めになる」
「なるほど」アルクは、頷いた。「越権は——できない、ってことか」
「そうだ」ゼルダは言った。「だが——案ずるな。私の、進言は、重い。王は——必ず、耳を、傾けられる。そして、おそらく——正式な、使者を、立てて、アステリアに、送られるだろう。同盟の、可否を、見定めるために。それも——もっと、格式の、高い、使者を」
「格式の、高い、使者——」アルクは言った。
「ああ」ゼルダは言った。「国と、国の、正式な、やり取りだ。私のような、武人とは、違う。——宮廷の、作法に、通じた、使者が、来る。お前たちも——それ相応の、礼を、もって、迎えねば、ならぬぞ」
「それ相応の、礼——?」アルクは、首を、かしげた。
二 不穏な、予感
ゼルダが——アルクを、見て。
少し、不安そうな、顔を、した。
「アルク。——一つ、聞くが」ゼルダは言った。
「お前たちは——宮廷の、作法は、心得て、いるのか?」
「宮廷の——作法?」アルクは言った。
「正式な、使者を、迎える際の、礼儀だ」ゼルダは言った。「席次。挨拶の、口上。供応の、作法。
——国同士の、付き合いには、欠かせぬ、ものだ。これを、誤れば——『アステリアは、無礼な国』と、見なされ、同盟の、話も、流れかねん」
アルクは——仲間たちを、見た。
ヴィナも、ネッサも、ガドルも、バルガも、リィナも、カインも、ライナも、ガレオも——全員、きょとんと、していた。
「……席次?」ガドルが、言った。「なんだ、それは。飯を、食う、順番か?」
「口上?」ネッサが、言った。「えーと、『いらっしゃいませ』じゃ、だめなんですか?」
ゼルダが——頭を、抱えた。
「……だめだ、これは」ゼルダは言った。「お前たち——まったく、作法を、知らんな」
「悪いか」ヴィナが、言った。「あたしたちは——剣と、開拓で、生きてきた。宮廷の、礼儀なんて——縁が、なかった」
「悪くは、ない」ゼルダは言った。「だが——このままでは、まずい。ガラントの、使者は——おそらく、宮廷の、礼を、重んじる、貴族だ。お前たちの、その、飾らなさは——美点では、あるが。正式な、場では——『田舎者』と、侮られ、足元を、見られる」
「足元を——見られる」カインが、つぶやいた。「それは——困りますね。同盟の、交渉が、不利に、なる」
「ああ」ゼルダは言った。「アステリアの、力は、本物だ。だが——力だけでは、国は、立ち行かぬ。礼節も、また、国の、力だ。——急いで、誰か、作法に、通じた者を、見つけることだ」
三 誰も、知らない
ゼルダが、ガラントへ、帰った後。
アルクたちは——頭を、抱えた。
「作法に、通じた者、なんて——いるか?」アルクは言った。
「あたしは、剣しか、知らん」ヴィナが、言った。
「俺も、傭兵あがりだ」ガドルが、言った。
「俺は——盾だ」バルガが、言った。
「私は、研究者です」リィナが、言った。「宮廷作法は——専門外、ですね」
「俺は——情報と、設計が、専門で」カインが、言った。「礼儀作法は——詳しくありません」
「俺は——元・帝国兵だ」ライナが、言った。「礼儀どころか——」
全員が——お手上げだった。
「困りましたね」ネッサが、言った。「みんな、立派な、力は、あるのに。宮廷の、礼儀だけは——誰も、知らない」
「待てよ」アルクは——思いついた。「一人——心当たりが、ある」
「誰ですか?」ネッサが、言った。
「イリア王女だ」アルクは言った。「故郷の、王都クロシアの。——王女なら、宮廷作法は、お手の物だろう」
「あ——イリア様!」ネッサが、手を、打った。「そうですよ! イリア様なら——!」
四 イリア王女、来訪
通信玉で、連絡を、取り——イリア王女が、エニの門を、通って、アステリアに、来てくれた。
「お久しぶりです、アルク様」イリアは言った。気品ある、立ち居振る舞い。「アステリアの、ご活躍は
——故郷にも、届いておりますわ」
「イリア様、ありがとう」アルクは言った。「実は
——折り入って、頼みが」
アルクは、事情を、説明した。ガラントとの、同盟。正式な、使者が、来ること。だが——誰も、宮廷作法を、知らないこと。
「まあ」イリアは——少し、驚いて。それから、上品に、笑った。「それは——大変ですわね。でも、ご安心を。わたくしで、よければ——お教えいたしますわ。宮廷の、作法を」
「助かる、イリア様!」アルクは言った。
「ふふ」イリアは、楽しそうに、言った。「アルク様たちに、作法を、お教えするなんて——なんだか、楽しそうですわ」
五 わちゃわちゃ、作法教室
こうして——アステリアで、即席の、作法教室が、始まった。
「まず——挨拶から、ですわ」イリアは言った。「正式な、使者を、迎える際は——こう、優雅に、お辞儀を」
イリアが、お手本を、見せた。流れるような、優雅な、礼。
「では、皆様も——どうぞ」イリアは言った。
全員が——真似を、した。
ガドルが——ぎこちなく、腰を、折った。「こう、か?」
「ガドルさん——それでは、まるで、腹痛、ですわ」イリアが、くすくす、笑った。
「腹痛——!?」ガドルが、慌てた。
バルガが——直立不動で、頭だけ、下げた。
「バルガさん——硬すぎますわ」イリアが、言った。「もっと、自然に」
「自然に——」バルガが、難しい顔を、した。「平和の、味のように?」
「それは——どういう、味、ですの?」イリアが、首を、かしげた。
ネッサが——元気よく、ぺこり、と、お辞儀を、した。「こうですか!?」
「ネッサさんは——元気が、よすぎますわ」イリアが、笑った。「もう少し、ゆっくり、優雅に」
「むずかしいです——!」ネッサが、言った。
次は——食事の、作法。
ずらりと、並んだ、食器。
「料理ごとに——使う、フォークと、ナイフが、違いますの」イリアは言った。「外側から、順に——」
「全部——同じ、フォークじゃ、だめなのか?」ガドルが、言った。
「だめ、ですわ」イリアが、言った。
「めんどくさい——!」ガドルが、頭を、抱えた。
「ガドルさん——!」イリアが、苦笑した。「でも、これも、礼儀ですのよ」
アルクたちは——悪戦苦闘した。剣を、振るうより。魔の獣と、戦うより。よほど——難しかった。
「……あたしたち」ヴィナが、げんなりと、言った。「魔の獣の、群れより——フォークに、苦戦してるな」
「ですわね」イリアが、笑った。
六 現れた、執事
作法教室が——難航する中。
イリアが——ふと、言った。
「皆様」イリアは言った。「正直に、申し上げますと——一朝一夕で、宮廷作法を、身につけるのは、難しいですわ。わたくしも——お教えできるのは、基本だけ。本格的に、国同士の、外交を、こなすには
——専門の、者が、いた方が、よろしいかと」
「専門の——者?」アルクは言った。
「ええ」イリアは言った。「実は——一人、心当たりが、ありますの。わたくしの、家に、仕えていた
——とても、優秀な、執事が」
「執事——?」
「セバスと、申します」イリアは言った。「宮廷作法は、もちろん。各国の、礼儀。外交の、駆け引き。
——すべてに、通じた、切れ者ですわ。それに——少し、変わった、特技も、ありまして」
「特技?」
「ふふ、それは——会ってからの、お楽しみ、ですわ」イリアは、悪戯っぽく、笑った。「ただ——彼は、今、行き場を、なくしておりますの。事情が、あって、お城を、離れまして。——もし、よろしければ。アステリアで、雇って、いただけませんか? 彼なら——アステリアの、外交を、すべて、取り仕切れますわ」
「行き場を——なくしてる?」アルクは言った。
「ええ」イリアは——少し、声を、潜めた。「彼には——少し、複雑な、過去が、ありまして。でも——心は、誰よりも、まっすぐな、者ですわ。エニ様の門も——きっと、通れます」
しばらくして……
門の方から——一人の、男が、歩いてきた。
きっちりと、着こなした、執事服。背筋は、まっすぐ。物腰は——どこまでも、優雅で、隙が、ない。だが——その目には、長い、苦労を、知る者の、深みが、あった。
「お呼びに、より——参上、いたしました」その男は言った。完璧な、所作で、礼を、した。「わたくし、セバスチャンと、申します。以後——お見知り、おきを」
男が——顔を、上げた。
穏やかで——でも、底知れない、何かを、秘めた、微笑みで。
「アステリアの、皆様」セバスは言った。「不束者では、ございますが——この、セバスチャン。皆様の、お役に、立てるよう——誠心誠意、お仕えいたします」
その、一礼の、優雅さに。
アルクたちは——思わず、見惚れた。
「……すごい」ネッサが、つぶやいた。「立ってるだけで——品が、ある」
「これが——執事、か」ガドルが、感心した。
新たな、出会いの、予感が——アステリアに、訪れていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
ご評価、リアクション、ブックマーク頂けますと執筆の励みになります。
どうぞよろしくお願いします。




