第百二十六話 鋼の、使者
一 湖の、恵み
水の街道が、できて——アステリアは、ますます、潤った。
ある朝、リィナが、水路の、水量を、測りながら、つぶやいた。
「不思議です」リィナは言った。「これだけ、町に、水を、流しているのに——星見の湖の、水位が、まったく、減っていない」
「あ、それはね」ミズチ族の年長者が、教えてくれた。アステリアに、滞在中の、彼女が。「星見の湖は——ただの、湖じゃ、ないの。湖の底に、地脈と、繋がった、泉源が、あって。清らかな魔力を含んだ水が——絶えず、湧き続けているの。だから——どれだけ、流れ出ても、減らない。むしろ、流れることで、水が、新しく、保たれる」
「なるほど」リィナは、納得した。「湧き出る分と、流れ出る分が、釣り合っている。——だから、町に、引いても、湖は、干上がらない。よくできた、循環です」
「星見の湖が、わたしたちの、聖地なのも、それが、理由」年長者は言った。「尽きることのない、命の、水。——その恵みを、アステリアと、分け合えるのは、嬉しいこと」
「こちらこそ、感謝してる」アルクは言った。
「その、清らかな水のおかげで——町の、みんなが、潤ってる」
二 地平の、土煙
その、平和な、昼下がり。
北の、見張り台から——警鐘が、鳴った。
防衛隊長の、ガレオが、駆けつけた。
「アルクさん!」ガレオは言った。「南東の、街道から——一団が、来ます。それも——武装した、騎兵の、集団です。数は、五十ほど。整然とした——軍の、隊列だ」
「軍——」アルクは言った。「ネブロスじゃ、ないな」
「人間です」ガレオは言った。「立派な、鎧を、着た——精鋭の、兵。旗を、掲げています。鋼色の、地に、剣を、交差させた——紋章」
「鋼色に、剣の、紋章——」カインが、つぶやいた。そして、はっと、した。「それは——武の国、ガラントの、紋章です」
「ガラント——」アルクは言った。「ハディムさんが、言っていた。『力を、尊ぶ、武の国』——」
『……アルク』エニが、言った。『あの、一団からは——敵意は、感じない。だが——強い、警戒と、誇りを、感じる。彼らは——アステリアを、「見定めに」来た』
「見定めに——」アルクは言った。
「どうします?」ガレオが、言った。「防衛隊を、配置しますか?」
「いや」アルクは言った。「武装は、するな。——でも、油断も、しない。まずは——話を、聞こう。正面から、迎える」
三 ガラントの、将
アステリアの、入り口。
ガラントの、騎兵団が——到着した。
その、先頭に。
一人の、女将が、いた。
鋼色の、鎧。引き締まった、長身。背に、大きな、戦斧を、背負っている。鋭い、眼光。だが——その佇まいには、戦士としての、揺るぎない、誇りが、あった。
女将が——馬を、降りた。
「私は、ガラント王国、第三軍団長——ゼルダ・ヴォルガ」女将は言った。よく通る、凛とした声。「武の国、ガラントの、名において、問う。——この、突如、現れた町。アステリアの、長は、誰だ」
「俺だ」アルクが、進み出た。「アルク。——アステリアの、まとめ役、だ」
ゼルダが——アルクを、じっと、見た。値踏みするように。
「……お前が」ゼルダは言った。少し、意外そうに。「お前が、あの——魔の獣の、群れを、退けた、町の、長か。もっと——屈強な、武人を、想像していたが」
「よく、言われる」アルクは、苦笑した。
「ゼルダ殿」アルクは言った。「わざわざ、遠くから——何の、用だ?」
「単刀直入に、言おう」ゼルダは言った。「我が、ガラントは——力を、尊ぶ国だ。強き者が、敬われ、弱き者は、守られる。それが、我らの、誇りだ」
ゼルダが——アステリアの町を、見渡した。整然とした、家並み。賑わう、市場。多種族が、共に、暮らす、光景を。
「だが——」ゼルダは言った。「ここ数年。大陸を、脅かす、魔の獣の、群れ。我が、ガラントの、精鋭軍ですら——苦戦を、強いられている。多くの、戦士が——倒れた」
ゼルダの、声に——苦渋が、滲んだ。
「そんな中——」ゼルダは言った。「『荒野に、突然現れた町が、魔の獣の、群れを、退けた』という、噂が、流れてきた。——我が王は、命じられた。『その町の、力を、確かめてこい』と」
四 力の、見定め
「確かめる——?」アルクは言った。
「そうだ」ゼルダは言った。「もし——その噂が、本当なら。アステリアは、我らにとって——脅威に、なるか。あるいは——共に、戦える、味方に、なるか。それを、見定める」
「脅威——?」ヴィナが、眉を、ひそめた。「あたしたちは、誰も、脅かしてなんか——」
「落ち着け、ヴィナ」アルクは言った。それから、ゼルダに。「ゼルダ殿。俺たちは——誰かを、脅かすつもりは、ない。ただ、平和に、暮らしたいだけだ」
「言葉では——なんとでも、言える」ゼルダは言った。「我ら、武人は——力で、語る。だから——見せてもらおう。アステリアの、力を。本当に、魔の獣を、退けるだけの、力が、あるのか」
ゼルダが——背の、戦斧を、抜いた。
「私と——手合わせ、願おう」ゼルダは言った。「お前たちの、誰か、一人と。——その、力を、この身で、確かめる。それが、武の国の、流儀だ」
ガラントの、騎兵団に——緊張が、走った。
「手合わせ、か」アルクは言った。
「断るなら——それまでだ」ゼルダは言った。「『アステリアは、口先だけの、町』と——王に、報告する。そして、ガラントは——お前たちを、警戒し続ける。だが——もし、お前たちが、私を、納得させる、力を、見せたなら」
ゼルダの、目が——光った。
「我が、ガラントは——アステリアを、認める」ゼルダは言った。「対等な、隣人として。——さあ、どうする」
五 名乗りを、上げる
アルクは——仲間たちを、見た。
「俺が、やろう」アルクが、言いかけた、その時。
「待て、アルク」
ヴィナが——前に、出た。
「ここは——あたしに、やらせてくれ」ヴィナは言った。
「ヴィナ?」アルクは言った。
「ゼルダ殿は——武人として、力を、確かめたいんだろう」ヴィナは言った。「なら——剣士の、あたしが、相手をするのが、筋だ。それに——」
ヴィナが、ゼルダを、見据えた。
「あたしも——剣士として、興味が、ある」ヴィナは言った。「武の国の、軍団長。——どれほどの、腕か」
ゼルダが——ヴィナを、見た。そして、ふっと、笑った。
「……いい、目を、している」ゼルダは言った。「お前——名は?」
「ヴィナ」ヴィナは言った。「アステリアの、剣士だ」
「ヴィナ、か」ゼルダは言った。「いいだろう。
——お前を、相手に、認めよう。だが——手加減は、しない。それが、武人への、礼儀だ」
「望むところだ」ヴィナは、カトレアを、抜いた。
「あたしも——全力で、いく」
二人の、女剣士が——向かい合った。
武の国の、誇りを、背負う、軍団長、ゼルダ。
与え合う国の、縁を、背負う、剣聖、ヴィナ。
その、手合わせは——単なる、力比べでは、なかった。
二つの、国の。二つの、生き方の——ぶつかり合いだった。
「いくぞ——!」ゼルダが、戦斧を、構えた。
「ああ——!」ヴィナが、剣を、構えた。
アステリアの、広場に——緊張が、満ちた。
武の国との、初めての、出会い。
その、行方は——一人の、剣士の、戦いに、託された。
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