第百二十五話 女神の、ごほうび
一 久しぶりの、来訪
水の街道が、完成して、数日後。
アステリアが、いつものように、賑わう、昼下がり。
ふいに——空が、ふわりと、光った。
星の、光が、降りてきて——女神が、現れた。
「女神様——!」ネッサが、真っ先に、気づいた。「お久しぶりです!」
『ふふ、久しぶり!』女神は、微笑んだ。『しばらく、来られなくて、ごめんなさいね。天上も——いろいろ、あって』
「天上にも、忙しさが、あるんですね」アルクは、笑った。
『あるのよ、これが』女神は、ため息を、ついた。
『でも——アステリアのことは、ずっと、見ていたわ。——だから、今日は、ちゃんと、労いに、来たの』
「労い?」アルクは言った。
『そう』女神は、アルクの前に、降り立った。そして——少し、真剣な顔に、なって。『アルク。あなた
——ネブロスの、魔獣の、群れを、退けたわね。町を、守り抜いた。誰一人——欠けることなく』
「ああ」アルクは言った。「みんなで——守った」
二 褒められる
『立派だったわ』女神は言った。『あの、群れは——わたしの、防壁が、綻んで、漏れ出したもの。本来なら——わたしが、防がなきゃ、ならなかった。なのに——あなたたちに、また、戦わせてしまった』
「気にするな」アルクは言った。「俺たちの、町だ。俺たちが、守る。——当然のことだ」
『でも——』女神は言った。『それだけじゃ、ない。あなたは——あの、ガレオという、男に。失われた、手を、与えたでしょう?』
「ああ」アルクは言った。「ガレオが——もっと、守りたいって、願ったから」
『あれを見て——わたし、泣いちゃった』女神は言った。少し、目を、潤ませて。『敵だった、相手に。腕を、失った、男に。あなたは——手を、与えた。温かい、手を。あなたの、想いの、込もった、手を。
——あんなこと、できる人、いないわ』
「俺は——ただ」アルクは言った。
『「ただ」じゃ、ないの』女神は言った。『あなたの、その、「ただ」が——世界を、救うのよ。ガレオは——あなたが、与えた手で、子供たちを、守った。あなたの、優しさが——巡り巡って、たくさんの、命を、守った』
女神が——アルクの、手を、両手で、包んだ。
『ありがとう、アルク』女神は言った。『あなたが、与えるたびに——世界が、温かく、なる。わたしが、夢見た世界が——あなたの、手で、形に、なっていく』
三 ごほうびの、ねだり方
『だから——今日は、ごほうびよ』女神は、明るく、言った。『何か、お願いを、聞いてあげる! なんでも、言って!』
「お願い——?」アルクは、戸惑った。
『そう!』女神は言った。『女神の、力で、叶えられることなら——なんでも! 町を、もっと、豊かに、する、奇跡とか。新しい、力とか。——遠慮しないで!』
アルクは——少し、考えた。
そして——言った。
「じゃあ——」アルクは言った。「女神様。たまには——もっと、ゆっくり、していってくれ」
『……え?』女神が、きょとんと、した。
「いつも、ふらっと来て、すぐ、帰るだろ」アルクは言った。「でも——みんな、女神様と、過ごすのが、好きなんだ。だから——たまには、一日中、ゆっくり、町で、過ごしてくれ。それが——俺の、お願いだ」
女神が——目を、見開いた。
それから——ふわっと、笑った。
『……もう』女神は言った。少し、涙ぐんで。『あなたって、人は。——せっかく、なんでも、叶えてあげるって、言ってるのに。自分の、ことじゃなくて
——わたしの、ことを、お願いするなんて』
「だって——」アルクは言った。「女神様も、アステリアの、仲間だろ。仲間が、ゆっくりしてくれるのが——一番、嬉しい」
『……仲間』女神は、その言葉を、噛みしめた。『わたしを——仲間って』
「ああ」アルクは、笑った。「甘いもの仲間の、アルファも、いるしな」
『そや!』アルファが、飛んできた。『女神はん、今日は、ゆっくり、甘いもん、食べてき!』
『……ふふ』女神は、笑った。涙を、拭って。『わかったわ。——今日は、一日、お言葉に甘えて。ゆっくり、させてもらう!』
四 女神の、一日
その日、女神は——一日中、アステリアで、過ごした。
まず——ネッサと、一緒に、料理を、した。
『わたし、お料理、してみたかったの!』女神が、嬉しそうに、言った。
「じゃあ、一緒に、作りましょう!」ネッサが、言った。「女神様、お野菜、切れますか?」
『やってみる!』
女神が——おそるおそる、包丁を、握った。だが——手つきが、危なっかしい。
「あ、危ないです、女神様!」ネッサが、慌てた。「こう、持って——」
『むずかしい——!』女神が、悪戦苦闘した。神々しい女神が、野菜と、格闘する姿に——みんなが、笑った。
次に——女神は、子供たちと、遊んだ。
コダマ族の子。ミズチ族の子。人間の子。元・帝国民の子。みんなと、一緒に。
『きゃー!』女神が、子供たちと、追いかけっこを、した。星をまとった衣を、ひるがえして。
「女神様、つかまえた——!」
『あらあら、捕まっちゃった!』
そして——ガレオとも、語らった。
「女神様」ガレオが、義手を、見せた。「この手——アルクさんが、くれました。おかげで——子供たちを、守れました」
『よかったわね、ガレオ』女神は、優しく、言った。『あなたの、ギフトも——立派に、育っているわ。あなたが、人のために、生きているから』
「はい——!」ガレオは、嬉しそうに、言った。
五 星空の、語らい
夜。
女神は——アルクと、二人で、星空を、見上げていた。
『いい、一日だったわ』女神は言った。『こんなに、楽しかったの——いつ以来かしら』
「よかった」アルクは言った。
『アルク』女神は言った。少し、真剣な顔に、なって。『一つ、伝えておきたいことが、あるの』
「なんだ?」
『ネブロスの、防壁のこと』女神は言った。『この前の、群れの、襲来で——防壁の、綻びが、また、広がった。——正直に、言うわ。わたしの、力だけでは。もう、ネブロスを、抑えきれなく、なってきている』
「……そうか」アルクは言った。
『でも——心配しないで』女神は言った。『あなたが、いる。あなたが、縁を、結び、町を、強くするたびに——わたしの、防壁も、力を、取り戻す。あなたの、浄化の力が——綻びを、少しずつ、修復しているの』
「俺の力が——防壁を?」アルクは言った。
『そう』女神は言った。『だから——焦らないで。あなたが、アステリアを、豊かにし、縁を、広げ、力を、蓄えるたびに。——いつか、ネブロスの、根源に、立ち向かえる、日が、来る。その日まで——わたしも、できる限り、防壁を、保つ』
「わかった」アルクは言った。「一緒に——やろう」
『ええ』女神は、微笑んだ。『でも——今は』
女神が、ふわっと、笑った。
『今は、こうして——みんなと、笑っていられる、日々を。大切に、しましょう』女神は言った。『戦いは——いつか、来る。でも、それまでは。この、温かい、毎日を。——それが、きっと、一番の、力に、なるから』
「ああ」アルクは、星空を、見上げた。「そうだな」
澱みのない、清らかな、夜空。
無数の、星が、瞬いている。
その下で——女神と、賦活師が、肩を、並べて、座っていた。
『アルク』女神は言った。『あなたに、出会えて
——本当に、よかった』
「俺もだ」アルクは言った。「女神様に、守り手を、もらって。みんなに、出会えて。——この、世界を、創れて」
『これからも——見守っているわ』女神は言った。『あなたと、アステリアを。いつまでも』
その夜。
女神は——夜が、更けるまで、アステリアで、過ごした。
そして——名残惜しそうに、星の光と、なって、天へ、還っていった。
「また——来てくれ」アルクは、空に、向かって、言った。
『ええ——!』女神の、声が、星空に、響いた。『また、すぐ、来るわ! 甘いもの、用意して、待っててね!』
女神の、笑い声を、残して。
星の国、アステリアの、夜は——温かく、更けていった。
まだ、見ぬ、戦いを、いつか、迎えるとしても。
今は——この、温かい、日々が。
何よりの、宝物だった。




