第百十九話 仲間の、証
一 ガレオの、朝
ガレオが、アステリアに、来て——数日が、経った。
ガレオは——まだ、どこか、遠慮がちだった。皆と、同じ、食卓に、つきながらも、隅で、小さく、なっている。片腕で、できることを、探して、町の、隅で、黙々と、働いていた。
「ガレオさん、おはようございます!」ネッサが、声をかけた。
「あ——ネッサさん」ガレオは、慌てて、頭を、下げた。「おはよう、ございます」
「今日も、早いですね」ネッサが、言った。「何を、してるんですか?」
「いや——」ガレオは言った。「片腕でも、できることを、探していて。荷運びは、無理だが——畑の、水やりなら、できるかと」
「ガレオさん」ネッサは言った。「無理しないで、くださいね。みんな、ガレオさんに、無理して、働いてほしいなんて、思ってませんから」
「でも——」ガレオは言った。「俺は、ただ、迎えてもらっただけだ。何か、役に、立たないと——居場所が、ないような、気がして」
ネッサは——少し、悲しそうな顔を、した。
「ガレオさん」ネッサは言った。「居場所は、役に立つかどうかで、決まるものじゃ、ないですよ」
「え?」
「ただ、いてくれるだけで、いいんです」ネッサは言った。「あたしたちは——ガレオさんに、一緒に、笑って、一緒に、ごはんを、食べて、一緒に、暮らして、ほしいだけ。それが——仲間です」
「……ネッサさん」ガレオは、言葉に、詰まった。
二 ライナの、特訓
ある日。
ライナが、ガレオを、訓練場に、誘った。
「ガレオ」ライナは言った。「お前——剣は、使えるか」
「剣?」ガレオは言った。「いや——俺は、片腕だ。剣なんて、もう——」
「片腕でも、戦える」ライナは言った。「やり方は、ある」
「でも——」ガレオは言った。「俺は、もう、戦いたくない。戦いで——仲間を、失った。腕も、失った。もう——剣は」
「戦うためじゃ、ない」ライナは言った。「守るためだ」
「守る——?」
「アステリアは——いつか、ネブロスの脅威に、襲われる」ライナは言った。「そのとき、お前は、ただ、守られるだけか? それとも——お前も、町を、仲間を、守る側に、立つか」
「俺が——守る側に?」ガレオは言った。
「お前は、兵だった」ライナは言った。「戦い方を、知っている。片腕でも——その経験は、消えない。お前にしか、できない、守り方が、ある」
ライナが、ガレオに、片手で、扱える、短い剣を、差し出した。
「俺が、教える」ライナは言った。「同じ、元・帝国兵として。——お前が、もう一度、誇りを、取り戻せるように」
「ライナ……」ガレオの、目が、潤んだ。
「お前は——役立たずなんかじゃ、ない」ライナは言った。「お前は——仲間を、守るために、戦える、男だ。それを——俺が、証明してやる」
その日から——ライナと、ガレオの、特訓が、始まった。
片腕での、剣の、扱い方。体の、使い方。盾の、代わりに、なる、動き。
ガレオは——必死に、食らいついた。最初は、剣を、握る手すら、震えていたが——日に日に、その剣筋は、鋭く、なっていった。
三 ガレオの、過去
特訓の、合間。
ガレオが、ぽつりと、語った。
「俺は——故郷の、村が、澱みに、呑まれて」ガレオは言った。「家族を、失った。生きるために
——帝国軍に、入った。飯が、食えるから。それだけの、理由で」
「俺と、似てるな」ライナは言った。「俺も——孤児院で、飯のために、強くなった」
「帝国は——俺に、力を、くれた」ガレオは言った。「武器を、鎧を、仲間を。——だから、俺は、帝国に、忠誠を、誓った。疑いもせず、命令のままに、戦った。——でも」
「魔核を、埋め込まれていた」ライナが、言った。
「ええ」ガレオは言った。「知らないうちに。——俺たちは、忠誠を、誓っていたつもりで。本当は——操られて、いた。自分の意志だと、思っていたことすら——帝国に、植え付けられたものだったのかも、しれない」
「……」
「だから——」ガレオは言った。「あの、自滅したとき。魔核が、解放されたとき。俺は——初めて、『自分』に、戻ったんです。操りが、解けて。——でも、そのときには、もう、多くの仲間は……」
ガレオが、声を、詰まらせた。
「あいつらは——いい奴らだった」ガレオは言った。「操られていても——飯を、分け合い、傷を、庇い合い、笑い合った。——本物の、仲間だった。なのに、俺は——生き残った」
「ガレオ」ライナは言った。「お前は——その仲間の分まで、生きろ」
「ライナ……」
「俺も——同じだ」ライナは言った。「俺は、帝国で、多くの、命を、奪った。その罪は、消えない。だから——俺は、これからの、人生で、贖う。奪った分、与える。壊した分、守る。——お前も、そうしろ。死んだ仲間の分まで、誰かを、守れ。それが
——生き残った者の、責任だ」
「……はい」ガレオは言った。涙を、拭って。「俺——強くなります。仲間の分まで。——アステリアを、守れる、男に」
四 ギフトの、宿る場所
ある朝。
ガレオが、いつものように、特訓を、していると
——その体が、淡く、光った。
「これは——?」ガレオが、驚いた。
その光を見て、アルクの肩で、エニが、言った。
『……ガレオに、女神の、小さなギフトが、宿ったようだ』エニは言った。
「ギフトが?」アルクは言った。
『女神は、言っていた』エニは言った。『協力者や、やり直したいと願う者にも、小さなギフトを、授ける、と。——ガレオは、ここで、必死に、生き直そうとしている。その心に——女神が、応えたのだろう』
「ガレオさんに、ギフトが——!」ネッサが、喜んだ。
ガレオは——自分の、体の、光を、見つめて、戸惑っていた。
「俺に——ギフト?」ガレオは言った。「俺みたいな
——者に?」
『そうだ』エニは言った。『お前の、ギフトは
——「守りの、誓い」。お前が、守ると、誓った者を——一時的に、害から、守る、盾の力だ。お前自身の、命を、賭けて』
「自分の、命を、賭けて——守る?」ガレオは言った。
『お前が、仲間を、守れなかった、後悔』エニは言った。『その後悔が——「もう、誰も、失いたくない」という、強い願いが。お前の、ギフトに、なった。お前は——これから、その身を、盾にして、仲間を、守れる』
ガレオが——自分の、残った左腕を、見つめた。
「俺は——」ガレオは、涙を、流した。「俺は——もう、誰も、失わずに、済むのか。今度こそ——守れるのか」
「ああ」ライナが、言った。「お前は——守れる。お前にしか、できない、守り方で」
「ガレオさん——よかった!」ネッサが、泣いて、喜んだ。
「俺に——ギフトが」ガレオは、何度も、つぶやいた。「俺みたいな、者にも——女神様は、力を、くれた。——居場所を、くれた」
「ガレオ」アルクは言った。「これで——あんたも、立派な、アステリアの、守り手だ。一緒に、町を、守ろう」
「……はい!」ガレオは言った。「はい——! 俺、頑張ります! 今度こそ——大切なものを、守ってみせます!」
五 仲間の、宴
その夜。
ガレオの、ギフト授与を、祝って——宴が、開かれた。
ネッサが、腕によりをかけた、ごちそう。ガレオが、片手でも、食べやすいように、工夫した料理も、並んだ。
「ガレオさん、これ、食べやすいように、一口サイズに、しました!」ネッサが、言った。
「ネッサさん——」ガレオが、目を、潤ませた。
「そこまで——」
「仲間ですから!」ネッサが、笑った。
ガレオが、皆と、同じ食卓で——今度は、隅では、なく、真ん中で、ごちそうを、食べた。
「……うまい」ガレオは、つぶやいた。「こんなに、温かい飯は——いつ以来、だろう」
「いくらでも、ありますよ!」ネッサが、言った。
ガドルが、歌い、バルガが、竪琴を、奏でた。もぐ太が、バルガの膝で、丸くなっていた。シルフィと、キラが、ふわふわと、飛び回った。
『ガレオー! なかまー!』シルフィが、ガレオの、肩に、降りた。
「あ——守り手様」ガレオが、慌てた。
『シルフィだよ! よろしくね!』
「……ああ」ガレオが、微笑んだ。「よろしく、シルフィ」
ライナが、ガレオの、隣で、酒を、飲んでいた。星の雫を。
「ガレオ」ライナは言った。「どうだ。——居場所は、見つかったか」
「……はい」ガレオは言った。「ここが——俺の、居場所です。仲間の分まで、生きて、守る場所」
「そうか」ライナは言った。少し、笑って。
「——なら、よかった」
二人の、元・帝国兵が——星の雫を、酌み交わした。
かつて、利用され、苦しみ、行き場を、失った、二人が。
今は——アステリアの、仲間として。
六 皇帝の、涙
宴の、隅で。
皇帝ガルゼスが——その光景を、じっと、見ていた。
ガレオが、笑っている。ライナと、酒を、酌み交わしている。仲間に、囲まれて。
「ガルゼス」アルクが、近づいた。「飲んでるか?」
「……アルク」ガルゼスは言った。「あの、ガレオという男。——私の帝国が、操り、腕を、奪い、捨てた、男だ」
「ああ」アルクは言った。
「私は——あの男のことなど」ガルゼスは言った。
「名前すら、知らなかった。三百人の、兵。私にとっては——ただの、数字だった。方舟計画のための、駒の、一つ」
ガルゼスの、声が——震えた。
「だが——」ガルゼスは言った。「あの男には、名前が、あった。故郷が、あった。家族が、いた。失った、仲間が、いた。苦しみが、あった。——一人の、人間だった」
「ガルゼス……」
「私は——二百年、何を、見ていたのだ」ガルゼスは言った。「世界を、救うと、言いながら。一人ひとりの、人間の、顔を——見ていなかった。数として、しか」
二百年、玉座から、世界を、見下ろしてきた、皇帝の、目から——一筋の、涙が、こぼれた。
「お前は——」ガルゼスは言った。「一人ひとりの、顔を、見る。名前を、呼ぶ。苦しみを、引き受ける。——だから、お前は、救えるのだ。私が、救えなかった者を」
「ガルゼス」アルクは言った。「あんたも——今、ガレオの、顔を、見ただろう。名前を、覚えただろう。——なら、もう、遅くない。これからは、あんたも、一人ひとりの、顔を、見ればいい。一緒に、やろう」
「……ああ」ガルゼスは、涙を、拭った。「そうだな。——遅くない、か」
ガルゼスが——立ち上がった。そして、ガレオの、もとへ、歩いていった。
ガレオが、皇帝に、気づいて——慌てて、立ち上がろうと、した。
「陛下——!」
「ガレオ」ガルゼスは言った。「立たなくて、いい。——お前に、謝らねば、ならぬ」
「え——?」ガレオが、目を、見開いた。
「お前を——操り、苦しめ、捨てたのは、私の帝国だ」ガルゼスは言った。深く——頭を、下げた。皇帝が。一兵卒に。「すまなかった。お前の、腕も、仲間も——私が、奪った。許してくれとは、言わぬ。だが——謝らせて、くれ」
ガレオが——言葉を、失った。
皇帝が。二百年、誰にも、頭を、下げなかった、皇帝が。自分のような、一兵卒に——頭を、下げている。
「陛下——」ガレオは、号泣した。「やめて、ください。陛下に、頭を、下げられるなんて——俺は」
「いいや」ガルゼスは言った。
「これは——私が、しなければ、ならぬことだ。お前一人にでも——いや、お前から、始めなければ、ならぬ。私が、奪った、すべての者に、詫びる、その、最初の、一人として」
「陛下——!」
ガレオが、皇帝の前に、崩れ落ちた。号泣しながら。
皇帝が——その、ガレオの、肩に、そっと、手を、置いた。
「生きてくれて——ありがとう、ガレオ」ガルゼスは言った。「私の、過ちの中で——生き延びて、くれて。そして、こうして——笑って、くれて」
その光景に——宴の、全員が、涙を、流した。
ネッサも。ヴィナも。ガドルも。バルガも。リィナも。カインも。ライナも。
操った者と、操られた者。奪った者と、奪われた者。
その二人が——今、涙の中で、和解していた。
アステリアの、星空の下で。
与えることで、結ばれた、縁が——最も、深い、傷すら、癒していく。
「……いい、夜だ」アルクは、つぶやいた。星空を、見上げて。
星が——いつもより、ずっと、優しく、瞬いていた。




