第百十八話 帰る場所のない、男
一 移住者の、列
古龍の稽古から、数日後。
皇帝ガルゼスから、通信玉を通じて、連絡が、入った。
『アルク』ガルゼスの声が、響いた。
『例の、件だ。——帝国で、やり直したいと、願う者たちを、連れて、そちらへ、向かう。エニの門を、通れる者だけを、選んだ。——受け入れて、もらえるか』
「もちろんだ」アルクは言った。「待ってる」
翌日。
門が、開き——皇帝ガルゼスに、率いられた、移住者の、一団が、やってきた。
数十人。元・帝国の、民。職人。商人。そして
——元・帝国兵も、何人か、いた。
皆、一様に、緊張した、面持ちだった。かつて、アルクたちの、敵だった国の、人間。受け入れて、もらえるのか、不安なのだ。
「ようこそ、アステリアへ」アルクは、穏やかに、迎えた。「過去は、関係ない。ここでは、みんな、新しい、仲間だ」
移住者たちが——その言葉に、少し、肩の力を、抜いた。
だが——その、一団の、最後尾。
一人の、男が、俯いて、立っていた。
古びた、帝国兵の、装束。痩せこけた、頬。落ち窪んだ、目。そして——その、右腕は。
肘から、先が——なかった。
二 見覚えのある、顔
アルクは——その男を、見て。
ふと、足を、止めた。
「……あんた」アルクは言った。「どこかで——」
男が、びくり、と、肩を、震わせた。そして、俯いたまま、消え入りそうな声で、言った。
「……覚えて、いないでしょう」男は言った。「俺は——あなたたちが、魔核解放技術で、自滅させた、帝国軍の——生き残りです」
全員が——息を、呑んだ。
「三百人の、帝国軍」カインが、つぶやいた。
「ランスさんたちと、開発した、魔核解放技術で
——一斉に、無力化し、自滅させた、あの——」
「そうです」男は言った。「俺は——あの、三百人の、一人でした。多くの仲間が、倒れる中——生き残った。この、腕を、失って」
男が、なくなった右腕を、左手で、押さえた。
「俺の、名は——ガレオ」男は言った。「元・帝国軍の、一兵卒。——あなたたちに、仲間を、奪われた、男です」
重い、沈黙が、落ちた。
「ガレオ……」アルクは言った。
「恨んでいた」ガレオは言った。「ずっと——あなたたちを、恨んでいた。仲間が、目の前で、倒れていくのを、俺は、見ていた。何も、できずに。——この腕も、あのとき、失った。だから——」
ガレオの、声が、震えた。
「だから——あなたたちが、憎くて、たまらなかった」
三 ガレオの、告白
「でも——」ガレオは、続けた。「皇帝陛下が、賦活師と、和解されて。帝国が、変わって。——俺は、知ったんです。あの、魔核制御術が。仲間を、操っていた、あの技術が——どれほど、むごいものだったかを」
「魔核制御術——」アルクは言った。
「俺たちは——操られていた」ガレオは言った。「いや、正確には。俺たち、兵は、自分の意志で、戦っていると、思っていた。でも——あの、自滅したとき。魔核解放技術が、発動したとき。俺は——気づいたんです」
ガレオの、目から、涙が、こぼれた。
「仲間たちの、最期の、顔を」ガレオは言った。
「操りが、解けた、その瞬間の、仲間たちの、顔を。——みんな、『やっと、楽になれる』という、顔を、していた。苦しみから、解放された、安らかな、顔を」
「……っ」ネッサが、口を、押さえた。
「俺たちは——帝国に、利用されていただけだった」ガレオは言った。「魔核を、埋め込まれ、操られ、戦わされ、捨てられる。——あなたたちが、自滅させたんじゃ、ない。あなたたちは——仲間を、操りから、解放して、くれたんだ」
ガレオが、膝を、ついた。
「なのに——俺は」ガレオは、嗚咽した。「俺は、あなたたちを、恨んだ。解放してくれた、恩人を。
——なんて、愚かだったんだ。俺は——仲間を、操った、帝国を、恨むべきだったのに」
四 帰る場所が、ない
「ガレオ」アルクは言った。「あんたは——愚かなんかじゃ、ない」
「いいえ」ガレオは言った。「俺は——その後も、ずっと、迷い続けた。帝国に、いられなくなって。腕を、失った、役立たずの、元兵卒。
——どこにも、行き場が、なかった。物乞いのように、各地を、さまよって」
ガレオが、顔を、上げた。涙で、ぐしゃぐしゃの顔で。
「皇帝陛下が——『新しい世界で、やり直せる』と、おっしゃった」ガレオは言った。「俺みたいな、者でも、と。——でも、俺は、迷った。あなたたちの、いる場所に、行っていいのか。仲間を——いや、俺が、恨んでいた、相手の、町に」
「ガレオ」アルクは言った。
「でも——」ガレオは言った。「他に、行く場所が、なかった。帝国にも、いられない。どこにも、居場所が、ない。——だから、来た。あなたたちに、合わせる顔も、ないのに」
ガレオが、深く、頭を、下げた。地面に、額を、こすりつけるように。
「謝らせて、ください」ガレオは言った。「恨んで、しまって——すみませんでした。あなたたちは——俺の、仲間を、救ってくれたのに。——本当に、すみませんでした」
アルクは——ガレオの前に、しゃがんだ。
「頭を、上げてくれ、ガレオ」アルクは言った。
ガレオが、おそるおそる、顔を、上げた。
「あんたが、俺たちを、恨んだのは——当然だ」アルクは言った。「目の前で、仲間が、倒れたんだ。理由なんて——後から、しか、わからない。恨むのは——当たり前の、感情だ」
「でも——」
「それに」アルクは言った。「俺は——あんたに、謝らなきゃ、ならない」
「え?」ガレオが、驚いた。
「あのとき」アルクは言った。「俺たちは——三百人を、自滅させた。仲間を、救うためだったとはいえ。——あんたの、腕を、奪ったのも。仲間を、失わせたのも。俺たちの、戦いの、結果だ」
「そんな——あなたたちは、俺たちを、解放して——」
「結果が、どうあれ」アルクは言った。「あんたは、苦しんだ。腕を、失い、仲間を、失い、行き場を、失った。——その、苦しみは、本物だ。だから——ごめん。あんたを、苦しませて」
ガレオが——言葉を、失った。
敵だった、相手が。自分を、苦しませた、相手が。
逆に——自分に、謝っている。
「な、なぜ——」ガレオは、震える声で、言った。
「なぜ、あなたが、謝るんですか。俺が——恨んだ、相手なのに」
「恨みも、苦しみも」アルクは言った。「全部、引き受ける。——それが、俺の、やり方だ。あんたの、苦しみも。仲間を、失った、悲しみも。——一緒に、背負わせてくれ」
五 ライナの、言葉
その時。
ずっと、黙って、見ていた、ライナが——前に、出た。
「ガレオ、と言ったな」ライナは言った。
「あなたは——」ガレオが、ライナを、見て、目を、見開いた。「四将の——ライナ様!? なぜ、あなたが、ここに——」
「俺は——もう、四将じゃ、ない」ライナは言った。「帝国を、裏切って——アルクの、仲間に、なった、男だ」
「裏切って——」ガレオが、絶句した。
「お前と、同じだ」ライナは言った。「俺も——帝国に、利用された。孤児だった俺は、強さだけを、求められ、道具のように、使われた。——お前たち、兵と、同じだ」
「ライナ様……」
「様は、いらない」ライナは言った。「俺は——お前を、見ていられない。なぜなら——お前は、昔の、俺だからだ」
ライナが、ガレオの、肩に、手を、置いた。
「行き場が、なく、さまよい」ライナは言った。「自分を、責め、どこにも、居場所がないと、思い込む。——俺も、そうだった。でも」
ライナが、アステリアの町を、見渡した。
「ここには——居場所が、あった」ライナは言った。「俺みたいな、元・敵にも。賑やかな、食卓に、混ぜてもらえた。子供たちに、慕われた。——少しずつ、人間に、戻れた」
「ライナ……」ガレオが、つぶやいた。
「だから、ガレオ」ライナは言った。「お前にも、居場所が、ある。ここに。——俺が、保証する。同じ、苦しみを、知る者として」
ガレオの、目から——大粒の、涙が、溢れた。
「俺なんかに——」ガレオは、嗚咽した。「俺なんかに、居場所が、あるって——いうんですか」
「ある」アルクが、言った。「ここは——やり直したいと、願う者を、誰でも、迎える町だ。あんたが、門を、通れたのが、その証だ。エニの門は——心の、歪んだ者は、通さない。あんたは——通った。それは、あんたの、心が、まっすぐな証拠だ」
「俺の、心が——まっすぐ?」
「ああ」アルクは言った。「だから——ようこそ、アステリアへ、ガレオ。ここが、あんたの、新しい、居場所だ」
六 差し出された、手
アルクが——ガレオに、手を、差し出した。
ガレオは——その手を、見つめた。
かつて、恨んだ、相手の、手。だが——今、その手は、温かく、自分を、迎え入れようと、している。
「俺は——」ガレオは、震える声で、言った。「俺は、片腕しか、ない。役立たずだ。何の、役にも——」
「役に立つとか、立たないとか」アルクは言った。「関係ない。——あんたが、ここに、いてくれるだけで、いい」
「でも——」
「ガレオさん」ネッサが、進み出た。涙を、流しながら、でも、笑顔で。「お腹、空いてますよね? 長旅で。——あたし、ごはん、作ります。いっぱい、食べてください。片腕でも、食べられるように、おにぎりに、しますね」
「おにぎり——」ガレオが、つぶやいた。
「ここでは、みんな、一緒に、ごはんを、食べるんです」ネッサは言った。「敵も、味方も、関係なく。
——温かいごはんを、囲めば、みんな、仲間です」
ガレオが——アルクの、差し出された手を。
残った、左手で——握った。
「……ありがとう、ございます」ガレオは、号泣しながら、言った。「ありがとう——ございます。俺を
——受け入れて、くれて。こんな、俺を——」
「おかえり、ガレオ」アルクは言った。「——いや、初めましてか。これから、よろしくな」
「……はい」ガレオは言った。「はい——!」
元・敵だった男が。
恨み合った、相手の手を、握り——号泣しながら、新しい、居場所に、迎え入れられた。
その光景に——移住者たちも。仲間たちも。皆、涙を、流していた。
皇帝ガルゼスだけが——少し、離れて、その光景を、見ていた。
そして——静かに、つぶやいた。
「……これが、お前の、力か、アルク」ガルゼスは言った。「奪い、操り、捨てた——私の帝国が、壊した男を。お前は——たった、ひとことで、救ってみせる。——私には、二百年、できなかったことだ……」
皇帝の変化に気がつき、驚いたライナであったが、同時に温かな気持ちを確かに感じたのであった。




