第百十七話 銀の剣の、休日
一 手持ち無沙汰
アステリアが、平和に、なってきて。
ヴィナは——少し、手持ち無沙汰だった。
町を、襲う、脅威は、今は、ない。ネブロスの魔獣は、あの一体きり。日々の、開拓や、建設は、ガドルや、ドルムたちの、仕事。料理と、商会は、ネッサ。設計は、カイン。調査は、リィナ。
——みんな、それぞれの、役割で、忙しそうだ。
「あたしは——何を、すればいいんだ」ヴィナは、広場の、隅で、カトレアを、抱えて、つぶやいた。
「ヴィナさん、暇そうですね」ネッサが、通りかかった。
「暇では、ない」ヴィナは言った。「ただ——」
「ただ?」
「あたしの、役目は、戦うことだ」ヴィナは言った。「でも、戦いが、ないと——居場所が、ない、気がする」
「ヴィナさん……」ネッサが、少し、考えた。「じゃあ——あたしの、お手伝い、しませんか? 今日、商会で、新しい、お酒の、樽を、運ぶんです。力仕事、得意でしょう?」
「樽運び?」ヴィナは、眉を、ひそめた。「あたしが?」
「だめ、ですか?」
「……いや」ヴィナは言った。「やる。——何も、しないより、ましだ」
二 町の、暮らし
ヴィナは——ネッサと、町を、回った。
商会で、星の雫の、樽を、運び。
市場で、住人たちと、言葉を、交わし。
畑で、コダマ族の、収穫を、手伝った。
「ヴィナ様、ありがとうございます!」住人たちが、笑顔で、礼を、言った。
「……様は、いらない」ヴィナは、戸惑った。「ただの、ヴィナだ」
「でも、ヴィナ様は、あたしたちの、町を、守ってくださってる、剣士様ですから!」
「守って——」ヴィナは、つぶやいた。
昼。ネッサが、握り飯を、振る舞った。畑の、あぜ道で、住人たちと、一緒に、食べる。
「ヴィナ様も、どうぞ!」コダマ族の、子供が、ヴィナに、握り飯を、差し出した。
「……ああ」ヴィナは、受け取った。「ありがとう」
子供が、にっこり、笑った。
ヴィナは——握り飯を、頬張りながら、ふと、思った。
戦場では、味わえなかった、時間だった。穏やかで、温かい、暮らしの、時間。
「ヴィナさん」ネッサが、隣で、言った。「楽しそうですね」
「……そうか?」ヴィナは言った。
「はい」ネッサは、笑った。「いつもより、顔が、柔らかいです」
「そんなこと——」ヴィナは、頬に、手を、当てた。「……そうか。あたしは、今——楽しんでるのか」
三 子供たちの、剣
午後。
ヴィナが、広場を、歩いていると——子供たちが、木の棒を、振り回して、遊んでいた。
「えい! やあ!」
「俺は、ヴィナ様だ! 剣で、魔物を、倒すぞ!」
子供たちが——ヴィナの、真似をして、遊んでいた。
「あ、ヴィナ様だ!」子供たちが、ヴィナに、気づいた。「ヴィナ様! 剣、教えて!」
「剣を?」ヴィナは、戸惑った。
「うん! 俺たちも、ヴィナ様みたいに、強くなりたい!」
「……」ヴィナは、しばらく、考えた。
戦うための、剣を——子供に、教えるのは、違う気がした。だが。
「いいだろう」ヴィナは言った。「でも——剣は、人を、傷つけるためのものじゃ、ない」
「え?」子供たちが、きょとんと、した。
「剣は——大切なものを、守るための、ものだ」ヴィナは言った。「あたしが、剣を、振るうのは——みんなを、守るためだ。お前たちも、強くなりたいなら——何を、守りたいか、考えろ」
「守りたいもの——」子供たちが、考えた。
「俺は——家族を、守りたい!」
「あたしは、友達!」
「俺は、この町!」
「いい答えだ」ヴィナは、微笑んだ。「なら——その気持ちを、忘れるな。守りたいものが、あれば、剣は、強くなる」
ヴィナは、子供たちに、木の棒で、基本の、構えを、教えた。優しく、丁寧に。
その光景を——アルクが、少し、離れて、見ていた。
四 アルクの、気づき
「ヴィナ、子供たちに、人気だな」アルクが、近づいた。
「アルク」ヴィナは、振り向いた。「見てたのか」
「ああ」アルクは言った。「いい、先生だ」
「先生なんて——」ヴィナは、照れた。「ただ、剣の、構えを、教えただけだ」
「いや」アルクは言った。「ヴィナは——守ることの、意味を、教えてた。『何を、守りたいか、考えろ』って。——あれは、お前にしか、言えない言葉だ」
「あたしにしか——?」
「お前は、ずっと、守ることを、考えてきた」アルクは言った。「仲間を、守れなかった、過去から。——だから、お前の、『守れ』には、重みが、ある。子供たちも、それを、感じてる」
「……」ヴィナは、黙った。
「ヴィナ」アルクは言った。「お前、さっき、『居場所が、ない気がする』って、言ってたって、ネッサから、聞いた」
「ネッサ——」ヴィナは、顔を、しかめた。「余計なことを」
「でも——」アルクは言った。「お前の、居場所は、戦場だけじゃ、ない。今日、お前は、町を、手伝って、子供に、剣を、教えた。——それも、立派な、お前の、居場所だ」
「アルク……」
「戦いが、ないときは——こうやって、町と、関わればいい」アルクは言った。「お前は、剣士であると、同時に——アステリアの、大切な、一員だ。守るだけじゃなく、一緒に、暮らす、仲間だ」
ヴィナは——しばらく、黙っていた。
それから——小さく、笑った。
「……お前は、たまに」ヴィナは言った。「すごく、いいことを、言うな」
「たまに、か」アルクは、苦笑した。
「ああ、たまに、だ」ヴィナは、笑った。
五 夕暮れの、特訓
夕暮れ。
子供たちが、帰った後。
ヴィナは、一人、訓練場で、剣を、振っていた。
「一人で、特訓か」アルクが、来た。
「ああ」ヴィナは言った。「ヴェルダに、言われただろう。『一人で、戦う癖が、抜けていない』って。
——直さなきゃ、ならない」
「一人で、直そうとするのが——その、癖なんじゃ、ないか?」アルクは、笑った。
ヴィナが——はっと、した。
「……確かに」ヴィナは、苦笑した。「一人で、特訓してたら、世話ないな」
「俺と、やろう」アルクは言った。「《創生》で、稽古用の、剣を、創る。——付き合うよ」
「お前と?」ヴィナは言った。「お前、剣は——」
「下手だ」アルクは、あっさり、言った。
「でも——ヴィナが、『率いる』練習には、なるだろ。下手な俺を、どう、活かすか。——剣聖の、稽古だ」
「……ふっ」ヴィナが、笑った。「いいだろう。やってやる」
二人で、稽古を、した。
ヴィナが、前に、立ち。アルクが、後ろから、付与で、支える。
ヴィナが、攻め、アルクが、隙を、補う。
最初は、ぎこちなかった。だが——次第に、息が、合ってきた。
「……いいな」ヴィナは言った。剣を、振りながら。「一人より——二人の方が、強い」
「だろ?」アルクは言った。
「ああ」ヴィナは言った。「一人で、全部、背負わなくて、いいんだな。——お前が、いる。みんなが、いる」
「ヴィナ」アルクは言った。
「あたしは——昔」ヴィナは、剣を、止めて、言った。「仲間を、守れなかった。一人だけ、生き残った。——だから、ずっと、思ってた。『あたしは、一人で、戦わなきゃ』って。『また、誰かを、巻き込んで、失うのが、怖い』って」
「ヴィナ……」
「でも——」ヴィナは、アルクを、見た。夕日に、照らされて。「お前と、出会って。みんなと、出会って。——あたしは、変われた。一人じゃ、なくなった」
「ああ」アルクは言った。
「アルク」ヴィナは言った。「あたしは——お前の、隣にいたい。剣士として、じゃなくて。——ヴィナとして」
「……ヴィナ」アルクは言った。
「これは——前にも、言ったな」ヴィナは、少し、顔を、赤くした。「でも——何度でも、言う。お前が、消えそうになったとき。あたしは、本当に
——怖かった。お前を、失うのが」
「ヴィナ」アルクは言った。「ありがとう。
——俺も、お前が、いてくれて、嬉しい」
「……っ」ヴィナが、言葉に、詰まった。「そ、そういうことを——さらっと、言うな」
「え?」
「お前は——鈍いくせに、たまに、ものすごく、正直だから——困る」ヴィナは、顔を、背けた。耳まで、赤くして。
六 乱入
「アルクさーん! ヴィナさーん!」
その時。
ネッサが、駆けてきた。
「二人で、こんなところで、何してるんですか!?」ネッサが、言った。「あ——もしかして、稽古ですか? あたしも、混ぜてください!」
「ネッサ」ヴィナが、ほっとしたような、残念なような、複雑な顔を、した。
「ヴィナさん、顔、赤いですよ?」ネッサが、覗き込んだ。「大丈夫ですか? 熱?」
「な、なんでもない!」ヴィナが、慌てた。「稽古で、温まっただけだ!」
「そうですか?」ネッサが、首を、かしげた。「あ、そうだ! 夕ごはん、できましたよ! 今日は、ヴィナさんの、好きな、お魚料理です! ヴィナさん、今日、いっぱい、手伝ってくれたから、特別です!」
「あたしの、ために——?」ヴィナが、驚いた。
「はい!」ネッサが、笑った。「ヴィナさん、今日、すっごく、町のみんなに、優しくて。あたし、嬉しくて。——だから、お礼です!」
「……ネッサ」ヴィナは言った。少し、目を、潤ませて。「ありがとう」
「さ、行きましょう!」ネッサが、二人の、手を、取った。「みんな、待ってます!」
三人で、屋敷へ、向かった。
夕日が、町を、温かく、照らしていた。
ヴィナは——歩きながら、思った。
居場所が、ない、なんて——とんでもなかった。
ここには——たくさんの、居場所が、ある。剣士としての、居場所。町の、一員としての、居場所。仲間との、居場所。そして——アルクの、隣という、居場所。
「……いい、町だ」ヴィナは、つぶやいた。
「ヴィナさん? 何か、言いました?」ネッサが、聞いた。
「なんでもない」ヴィナは、笑った。「——腹が、減った。早く、行こう」
「はい!」
星の国、アステリア。
元・一匹狼の、銀の剣士は——今、確かに、ここに、居場所を、見つけていた。
もう、一人では、なかった。




