第百十六話 古龍の、稽古
一 ヴェルダ、舞い降りる
翌朝。
アステリアの、郊外の、丘に——古龍ヴェルダが、降り立った。
巨大な、体躯。深い、緑がかった、鱗。長い、歳月を、感じさせる、その、瞳は——どこまでも、穏やかで、深かった。
『久しいな、賦活師よ』ヴェルダが、言った。大地を、震わせるような、低く、重い声。だが、その響きには、温かみが、あった。
「ヴェルダ!」アルクは言った。「どうして、ここに? この、新しい世界に」
『縁の守り手が——二つの世界を、繋いだのを、感じてな』ヴェルダは言った。エニに、目を、向けた。『縁の糸を、伝って、来させてもらった。
——どうしても、この目で、見たかったのだ。お前が、築いている、世界を』
ヴェルダが、アステリアの、町を、見渡した。
『……見事だ』ヴェルダは、感嘆した。『何もなかった、大地に。これほどの、灯を、ともすとは。
——ロスが、夢見て、辿り着けなかった、景色だ。お前は——よく、ここまで、来た』
「ロスも——こういう、世界を?」アルクは言った。
『ああ』ヴェルダは言った。『二百年前、ロスは、言っていた。「いつか、誰もが、笑って、暮らせる、国を、創りたい」と。——だが、ロスは、その夢を、果たせなかった。お前が——その夢を、継いでいる』
アルクは、しばらく、黙った。会ったことのない、先達の、夢を、思って。
「ロスの分も」アルクは言った。「いい世界に、する」
『うむ』ヴェルダは、満足げに、頷いた。『——そのために、だ。今日は、お前たちに、一つ、贈り物を、持ってきた』
「贈り物?」
『稽古だ』ヴェルダは言った。
二 古龍の、見立て
『賦活師よ』ヴェルダは言った。『お前は、強くなった。《創生》という、新たな力も、得た。だが——』
ヴェルダの、目が、鋭くなった。
『お前の、戦い方には——まだ、迷いが、ある』ヴェルダは言った。『先日、ネブロスの魔獣と、戦ったな。お前は、《創生》で、刃を、創り、倒した。
——だが、あれは、咄嗟の、思いつきだった。お前は、まだ、《創生》を、戦いで、自在に、操れていない』
「……確かに」アルクは言った。「あのときは、必死で——なんとか、刃を、創れただけだ」
『地底帝国ネブロスの脅威は——これから、増す』
ヴェルダは言った。『今のままでは——いずれ、守りきれぬ時が、来る。だから——今のうちに、鍛えておく。お前も。お前の、仲間も』
ヴェルダが、仲間たちを、見渡した。
『お前たちは、女神から、ギフトを、得た』ヴェルダは言った。『建国に、活かす、力だ。
——だが、その力は、戦いにも、使える。今日は、それを、引き出してやろう』
「俺たちの、ギフトを——戦いに?」ガドルが、言った。
『そうだ』ヴェルダは言った。『ギフトは、お前たちが、思っている以上に、奥が、深い。——さあ、来い。この、古龍が、稽古を、つけてやる』
三 ギフトの、底力
稽古が、始まった。
ヴェルダは、本気では、ない。だが
——その、軽い一撃ですら、岩を、砕くほどの、威力だった。
まず——バルガが、前に、出た。
「《不落の城壁》——!!」バルガが、ギフトを、発動した。光の城壁が、立ち上がる。
ヴェルダの、尾の一撃が——その城壁を、打った。
城壁が、軋み——だが、耐えた。
『ほう』ヴェルダは言った。『よく、耐えた。だが
——お前の城壁は、まだ、「守る」だけだ』
「守る、だけ?」バルガが、言った。
『城壁は——攻めにも、転じられる』ヴェルダは言った。『お前が、引きつけ、受け止めた力を——跳ね返してみよ。守りは、最大の、攻めにも、なる』
バルガが——城壁に、意識を、込めた。ヴェルダの一撃を、受け止め——その力を、城壁に、溜め、跳ね返す。
光の城壁が——衝撃波を、放った。ヴェルダの巨体が、わずかに、のけぞった。
『うむ!』ヴェルダは、満足げに、言った。『それだ。お前の、ギフトは——守るだけでなく、受けた力を、返す力でも、ある。覚えておけ』
「……なるほど」バルガが、城壁を、見た。「守りは、攻めにも、なる。——平和を、守るための、力だ」
次は——ガドル。
「《開拓の豪傑》——!!」ガドルが、ヴェルグリンドを、振るった。大地を、抉る、一撃。
『力は、申し分ない』ヴェルダは言った。『だが——お前のギフトは、「大地を動かす」力だ。なら——大地そのものを、武器にせよ』
「大地を——武器に?」
『足元の、岩を、隆起させ、敵の、足場を、崩す。地を、割り、落とし穴を、作る。——力任せに、振るうだけでなく、大地を、操れ』
ガドルが——地面を、殴った。すると、ヴェルダの、足元の、大地が、隆起し、岩の、壁が、せり上がった。
『そうだ!』ヴェルダは言った。『開拓の力は——戦場を、創り変える力だ。お前は、味方の、戦う場を、整えられる』
「面白い!」ガドルが、笑った。「これは——使える!」
四 それぞれの、開花
リィナの、番。
「《探究の賢者》——」リィナが、つぶやいた。「私のギフトは、未知を、解き明かす、力。戦いで、どう使えと?」
『お前は——すでに、使っている』ヴェルダは言った。『敵を、観察し、弱点を、見抜く。リィナよ。
——私を、見て、何が、わかる?』
リィナが、ヴェルダを、観察した。《探究の賢者》の力で。
「……鱗の、隙間」リィナが、言った。「左の、前脚の、付け根。そこだけ——鱗が、薄い。古い、傷跡。——そこが、弱点」
『見事』ヴェルダは、感心した。『そこは——二百年前、私が、負った、傷だ。誰も、見抜けなんだ。
——お前のギフトは、どんな敵の、隠れた弱点も、見抜く。お前が、見抜き、リィナの雷が、そこを、撃つ。——最強の、組み合わせだ』
「データの、極致——」リィナが、目を、輝かせた。「敵を、解析し、必中の、一撃を、導く。——いいですね、これは」
ネッサの、番。
「あたしの、ギフトは——《豊穣の招来者》です」ネッサが、言った。「料理で、みんなを、元気にしたり、人を、呼び集めたり。——戦いには、向かないんじゃ?」
『そうか?』ヴェルダは言った。『お前のギフトは
——「呼び集める」力だ。なら——戦場で、何を、呼ぶ?』
「何を——呼ぶ?」ネッサが、考えた。
『お前は、召喚師でも、あろう』ヴェルダは言った。『コレンを。アクオスを。——いや、それだけでは、ない。お前の、豊穣の力は、大地の、恵みを、呼ぶ。戦場の、足元から——蔓を、草を、呼び、敵を、絡め取ることも、できよう』
ネッサが——試しに、地面に、手を、かざした。《豊穣の招来者》の力を、込めて。
すると——地面から、青々とした、蔓が、何本も、伸びて、ヴェルダの、足を、絡め取った。
「で、できました!」ネッサが、驚いた。「あたし、戦いでも、役に立てるんだ!」
『お前のギフトは——命を、育む力だ』ヴェルダは言った。『命を、育み、味方を、支え、大地を、味方に、つける。——優しい力こそ、戦場で、強い』
「優しい力こそ、強い——」ネッサが、嬉しそうに、言った。
五 ヴィナと、ライナ
ヴィナの、番。
「あたしのギフトは——《守護の剣聖》だ」ヴィナが、カトレアを、構えた。
『お前は——すでに、極めつつある』ヴェルダは言った。『仲間を、守り、率いる、剣。
——だが、ヴィナよ。お前は、まだ、「一人で、戦う癖」が、抜けていない』
ヴィナが——息を、呑んだ。図星だった。三年間、一人で、戦ってきた、過去。
『お前のギフトは——「率いる」力だ』ヴェルダは言った。『一人で、戦うな。仲間と、共に、戦え。お前が、前に、立ち、仲間が、お前を、支える。
——それが、剣聖の、戦い方だ』
「……一人じゃ、ない」ヴィナが、つぶやいた。「もう——一人じゃ、ないんだな」
『そうだ』ヴェルダは、優しく、言った。『お前は——もう、守られながら、守る者だ』
最後に——ライナ。
「俺は——小さなギフトしか、ない」ライナが、言った。「まだ、芽吹いた、ばかりだ」
『ふむ』ヴェルダが、ライナを、じっと、見た。『……お前のギフトは、まだ、小さい。だが——その、根は、深い。お前が、これまで、生きてきた、苦しみ。そして——やり直そうとする、強い意志。それが、根に、なっている』
「俺の、苦しみが——根に?」
『苦しみを、知る者は——人の、痛みが、わかる』ヴェルダは言った。『お前のギフトは——いつか、「人の痛みを、引き受け、守る」力に、育つだろう。お前が、これからも、人のために、生きるなら』
「人の痛みを——守る、力」ライナが、自分の、胸元を、見た。小さな、光を。
『焦るな』ヴェルダは言った。『お前の、ギフトは、ゆっくりと、育つ。だが——必ず、大輪の、花を、咲かせる。私が——保証しよう』
「……ありがとう、ございます」ライナは言った。深く、頭を、下げて。
六 稽古の、終わり
稽古が、終わった。
全員が、汗だくに、なりながら——だが、その顔は、晴れやかだった。
「ありがとう、ヴェルダ」アルクは言った。「みんな、自分のギフトの、新しい使い方を、知れた」
『なに、礼には、及ばぬ』ヴェルダは言った。『お前たちが——強くなれば。ネブロスの脅威にも、立ち向かえる。——この世界を、守れる』
ヴェルダが、アルクに、向き直った。
『そして——賦活師よ』ヴェルダは言った。『お前の《創生》。あれは——お前が、思っている以上の、力だ。今日は、稽古は、つけなんだが——一つ、言っておく』
「なんだ?」
『《創生》は、お前の、心の、写し鏡だ』ヴェルダは言った。『お前が、何を、想うか。何を、与えたいと、願うか。——それが、そのまま、形に、なる。だから——お前の、心が、広く、深くなるほど。《創生》も、大きくなる』
「心が——広く、深く」アルクは言った。
『お前は、与える者だ』ヴェルダは言った。『与えれば、与えるほど——お前の心は、豊かになる。そして、《創生》も。——だから、迷わず、与え続けよ。それが、お前の、強さだ』
「……ああ」アルクは、頷いた。「わかった」
『また、来よう』ヴェルダは言った。翼を、広げて。『お前たちの、成長を——楽しみに、しているぞ。それと』
ヴェルダが、ふと、付け加えた。
『今度は——ネッサの料理を、馳走になりたい』ヴェルダは言った。『縁の糸を、伝うとき——いつも、いい匂いが、するのでな』
「古龍まで——ネッサの料理を!?」ガドルが、笑った。
「もちろんです!」ネッサが、言った。「今度、来たとき、たくさん、作ります! ドラゴンサイズで!」
『ははは!』ヴェルダが、豪快に、笑った。『楽しみだ』
古龍が——大空へ、舞い上がっていった。
その、巨大な背中を、見送りながら。
アルクたちは——また一つ、強くなった、自分たちを、感じていた。
「ギフトって——奥が、深いんですね」ネッサが、言った。
「ああ」アルクは言った。「建国にも。戦いにも。——使い方次第で、どんな力にも、なる」
稽古で、得た、新しい力。
二つの世界を、繋ぐ、門と、通信玉。
賑わう、ギルド支店。
アステリアは——着実に、強く、豊かに、なっていく。
そして——いつか、立ち向かう、地底の脅威に、備えながら。
今日も、一つ、灯が——増えていった。




