第百十五話 縁を、結ぶ門
一 門の、決まり
ギルド支店の、設立が、決まり——故郷から、冒険者や、移住希望者が、訪れるように、なった。
だが、その前に。
アルクは、エニと、門の、取り決めを、確認していた。
「エニ」アルクは言った。
「人が、どんどん、行き来するように、なる。
——でも、もし、悪意を持った者が、紛れ込んだら? 故郷から、アステリアへ。あるいは——アステリアから、故郷へ」
『心配は、いらない』エニが、静かに、言った。
『この門は——私が、管理している。そして、私は、縁の守り手だ。縁の糸を、通じて、門をくぐる者の、心を、読むことが、できる』
「心を、読む?」
『悪意ではない』エニは言った。『その者が、誰かを、害そうとする、強い意志——澱みのような、心の歪みを、持っているか、どうか。それを、感じ取れる。——もし、他者を、害そうとする者が、門をくぐろうとすれば』
エニの、光の輪が、ゆっくりと、回った。
『門は、開かない』エニは言った。『その者の前では——ただの、壁に、なる。不穏な、心を持つ者は、二つの世界の、どちらへも、行けない』
「そんなことが、できるのか」アルクは、感心した。
『縁とは、信頼の、糸だ』エニは言った。『信頼の門を、悪意で、くぐることは、できない。
——これは、二つの世界を、守るための、決まりだ。お前が、与えた縁が、世界を、守る』
「すごいな、エニ」アルクは言った。「これなら——安心して、人を、迎えられる」
『ただし』エニは、付け加えた。『過ちを、犯した過去があっても——今、やり直したいと、願う者は、通す。心の歪みと、過去の罪は、違う。——ライナが、そうだったように』
「ああ」アルクは言った。「過去じゃなく、今の心を、見る。——いい、決まりだ」
二 最初の、試し
その、決まりが——早速、試された。
故郷から、移住希望者の、一団が、門を、くぐろうとした、時。
一人の、男の前で——門が、開かなかった。
「な、なんだ!?」男が、慌てた。「開かないぞ!?」
『……お前は』エニが、静かに、言った。『この、新しい世界で——財を、奪い、人を、欺こうと、企んでいるな』
男が——顔色を、変えた。
「な——なぜ、それを」男は、後ずさった。
「図星か」アルクは、男を、見た。「アステリアは
——誰でも、歓迎する。でも、人を、害そうとする者だけは、別だ」
「ち、違う! 俺は——」
『嘘は、つけない』エニは言った。『縁の糸は、心を、映す。——お前の心は、歪んでいる。今のままでは、この門は、通れない』
男は、しばらく、悪あがきを、していたが——やがて、観念して、引き下がった。
「だが——」アルクは、男に、声をかけた。「もし、お前が、本当に、やり直したいと、思ったら。そのときは——また、来い。心が、変われば、門は、開く。アステリアは——いつでも、待ってる」
男は、何も、言わずに、去っていった。だが
——その背中は、どこか、考え込んでいるようにも、見えた。
「これで——安心ですね」ネッサが、言った。「悪い人は、入れない。でも、やり直したい人は、いつでも、来られる」
「ああ」アルクは言った。「エニの、おかげだ」
『私は——縁を、守るだけだ』エニは言った。『門を、守るのは——お前が、与えてきた、信頼そのものだ』
三 通信の、悩み
移住者を、迎え、ギルド支店の準備が、進む中
——カインが、一つの、問題を、口にした。
「アルク」カインは言った。「人や、ものの、行き来は、できるように、なりました。でも——困ったことが、一つ」
「なんだ?」
「二つの世界の、連絡手段です」カインは言った。
「アステリアと、故郷。何か、緊急の、用件が、あっても——いちいち、門をくぐって、人が、伝えに行くしか、ない。故郷で、澱みの残り火の事件が、起きても——すぐには、わからない」
「確かに、そうだな」アルクは言った。「故郷で、何か、あったとき——すぐに、知りたい」
「帝国にいた頃、私は——魔力通信符を、使っていました」カインは言った。父ドランから、受け継いだ技術。「でも、あれは、同じ世界の中でしか、届かない。二つの、世界を、またいでは——」
その時。
『……それなら』エニが、言った。『私が、力に、なれるかもしれない』
「エニ?」
『私は、縁の糸を、二つの世界に、渡している』エニは言った。『その糸を、伝って——声を、届けることは、できる。だが——私一人では、常に、繋ぎ続けるのは、難しい』
「何か、方法は?」アルクは言った。
『縁の糸を、留める、依代が、あれば』エニは言った。『二つの世界の、両端に、同じ依代を、置けば——その間を、縁の糸で、繋ぎ、声を、届けられる。常に、私が、見守らずとも』
「依代——」アルクは、思いついた。「それ、《創生》で、創れないか?」
『お前の《創生》と、私の、縁の力を、合わせれば』エニは言った。『できるかも、しれない』
四 ギフトの、合わせ技
アルクと、エニ、そして、カインと、リィナが、協力した。
「まず——通信に、適した、依代の、設計です」カインが、《叡智の設計者》の力で、構造を、考えた。
「縁の糸を、留め、声を、増幅し、相手に、届ける。——こういう、形が、いい」
「依代の、素材は——」リィナが、《探究の賢者》で、最適な、材料を、見極めた。「魔力を、よく通す、この、青い鉱石が、いい。アステリアの、北の谷で、採れます」
ガドルが、《開拓の豪傑》で、その鉱石を、谷から、掘り出してきた。
「これか」ガドルは言った。「いくらでも、掘ってきてやる」
そして——アルクが、《創生》で、その鉱石を、依代の形に、創り上げた。一対の、青い、水晶のような、玉。
エニが、その、二つの玉に——縁の糸を、結びつけた。
「《縁結びの、通信玉》」アルクは、名付けた。
「試してみましょう」カインが、言った。「一つを、アステリアに。もう一つを
——故郷の、ギルドに、届ければ」
後日。
故郷の、灰爪亭に、片方の、通信玉が、届けられた。
そして——試験が、行われた。
「ドーグさーん、聞こえますか?」ネッサが、アステリア側の、通信玉に、呼びかけた。
少しの、間。
そして——通信玉から、声が、響いた。
『……おお! 聞こえるぞ!』ドーグの、驚いた声。『なんだ、これは! 別の世界から、声が、届くとは!』
「やった!」ネッサが、喜んだ。「成功です!」
『これは——便利だな』ドーグの声。『これで——故郷で、何かあったら、すぐ、知らせられる。澱みの残り火が、出ても、すぐ、対処を、頼める』
「ええ」カインが言った。「緊急の、連絡は、これで。——二つの世界が、声で、繋がりました」
『タークが、何か、言いたそうだぞ』ドーグの声。
『……ネッサ』タークの、ぶっきらぼうな声が、響いた。『——握り飯、いつ、握りに来る』
「タークさん!」ネッサが、笑った。「近いうちに、行きます! 通信玉、便利ですね!」
『ああ。——元気そうで、よかった』
二つの世界が——声で、繋がった。
アルクの《創生》と、エニの縁の力。二つの、ギフトの、合わせ技が——世界の、距離を、越えた。
五 ギルド支店、始動
準備が、整い——灰爪亭、アステリア支店が、開店した。
故郷から、ゴウダが、選び抜いた、腕利きの、冒険者たちが、門を、くぐって、やってきた。エニの門を、無事に、通った、信頼できる者たちだ。
「ここが——新しい世界か!」冒険者たちが、アステリアを、見て、沸いた。「澱みが、ない! 空気が、うまい!」
「ようこそ、アステリアへ」アルクが、迎えた。
「ここでの、仕事は——故郷とは、少し、違う。未知の、土地の、調査。新しい、生き物の、生態の、確認。開拓の、護衛。——でも、一番、大事なのは」
アルクが、言った。
「この世界の、生き物を、むやみに、傷つけないことだ」アルクは言った。「この世界には——澱みがない。穏やかな、生き物が、多い。畑を、荒らす、角うさぎも——殺すんじゃなく、住処を、創って、共生した。——力を、振るうだけじゃなく、与えることも、考えてほしい」
冒険者たちが——顔を、見合わせた。
「変わった、ギルドだな」一人が、言った。
「でも——悪く、ない」別の一人が、笑った。「澱みと、戦い続けた、故郷とは、違う。ここでは——創るために、力を、使える」
「ああ」アルクは、頷いた。「一緒に、いい世界を、創ろう」
ギルド支店は——賑やかに、動き出した。
冒険者たちが、依頼を、受け、新世界の、各地へ。未知の、土地を、調査し、地図を、広げ、穏やかな、生き物と、縁を、結んでいく。
アステリアは——また一段、世界へと、開かれていった。
六 遠い、気配
その夜。
アルクが、星空を、見上げていると——シルフィが、ふと、肩で、身を、すくめた。
『……ご主人さま』シルフィが、言った。いつもの、明るさが、少し、和らいで。『なんか——大きい、気配が、する』
「大きい、気配?」アルクは言った。
『敵じゃ、ないよ』シルフィは言った。
『でも——すっごく、大きくて、古くて、強い、気配。なんだか——懐かしい、感じ』
ルミも、アルファも、キラも——同じ方を、見ていた。
「この、気配は——」ルミが、言った。「あたしたち、知ってる。——前に、会ったことがある」
『せやな』アルファが、言った。『この、どっしりした感じ——間違いないわ』
『……アルク』エニが、言った。『縁の糸が、震えている。——古き、縁が、近づいてくる』
「古き、縁?」アルクは言った。
遠い、空の、彼方から。
巨大な、翼を、広げた、影が——ゆっくりと、アステリアへ向かって、飛んでくるのが、見えた。
その、悠然とした、飛び方。月明かりに、照らされた、鱗の、輝き。
「あれは——」アルクは、目を、見開いた。「まさか——」
「ヴェルダだ」ヴィナが、隣で、言った。「修行の谷の——古龍、ヴェルダ」
古き龍が——新しい世界の、アステリアへ。
ゆっくりと、舞い降りようと、していた。




