第百十三話 里帰り
一 久しぶりの、故郷
エニが、二つの世界を繋ぐ、扉を、開いた。
アルク、ヴィナ、ネッサ、カインの、四人が、くぐった。残りの仲間は、アステリアの留守を、守る。
扉の向こうは——故郷、ヴァルナ・クロス。辺境都市、ヴォルタ。
「……懐かしいな」アルクは、町並みを、見渡した。
ヴォルタは——すっかり、平和を、取り戻していた。澱みの脅威が去り、人々の顔には、笑顔が、戻っている。市場は、賑わい、子供たちが、駆け回っていた。
「アルク!」
声がした。
ギルドの方から——タークが、駆けてきた。
「タークさん!」ネッサが、手を、振った。
「お前たち——!」タークは、息を、切らして、言った。「久しぶりだな! 元気だったか!?」
「タークさん、心配して、くれたんですか?」ネッサが、にっこり、笑った。
「べ、別に、心配なんか——」タークは、顔を、背けた。「ただ——お前たちが、いなくなって、ギルドが、静かで、調子が、狂うっていうか——」
「会いたかったんですね!」
「うるさい!」タークは言った。それから、ぼそりと。「……ああ。会いたかったよ。——心配したんだぞ、本当に」
タークの、素直な言葉に、ネッサが、目を、潤ませた。
「タークさん……」ネッサは言った。「あたし、約束、守りに、来ました。——おにぎり、握りますね!」
「……っ」タークが、言葉に、詰まった。「お、おう。——楽しみに、してる」
二 ドーグと、ゴウダ
ギルド「灰爪亭」に、入ると——ドーグと、ゴウダが、待っていた。
「アルク!」ゴウダが、立ち上がった。「戻ったか!」
「噂は、聞いているぞ」ドーグが、ギルドマスターらしい、貫禄で、言った。「新しい世界で、国を、築いていると。——大したものだ。ランク外の、荷運びが、一国の、長とはな」
「Bランクに、登録してくれた、おかげです」アルクは言った。
「俺は、お前の、行いを、評価しただけだ」
ドーグは言った。「鑑定なんぞ、関係ない。
——で、今日は、何の用だ? ただの、里帰りでは、あるまい」
「実は——お願いが、あって」アルクは言った。
アルクは、アステリアの、現状を、語った。町が、栄え、人が、増え、様々な、困りごとが、起き始めていること。それを、捌く、ギルドが、必要なこと。
「——だから」アルクは言った。
「ヴォルタのギルドの、支店を、アステリアに、出してもらえないか、と」
「支店、か」ドーグが、腕を、組んだ。「別の、世界に、ギルドの支店——前代未聞だな」
「面白い」ゴウダが、笑った。「俺は、賛成だ。実は——各地の、冒険者の中にも、『新しい世界で、一旗あげたい』って、奴が、増えてるんだ。澱みが去って、平和になった分——腕の、振るいどころを、求めてる、奴らが、な」
「冒険者たちが——アステリアへ?」アルクは言った。
「ああ」ゴウダは言った。「ギルドの支店が、あれば——そいつらの、受け皿に、なる。仕事を、斡旋できる。——お互いに、いい話だ」
「ドーグさん、どうだ?」ゴウダが、ドーグを、見た。
ドーグは、しばらく、考えて——にやりと、笑った。
「いいだろう」ドーグは言った。「灰爪亭、アステリア支店。——設立を、認める。門を、繋いでくれるなら、人の、行き来も、できる。冒険者を、送ろう」
「ありがとうございます、ドーグさん!」アルクは言った。
「礼は、いらん」ドーグは言った。
「——ただし、条件が、一つ」
「なんですか?」
「お前が、たまには、顔を、見せろ」ドーグは言った。「お前は、灰爪亭が、育てた、冒険者だ。
——たまには、帰ってこい。それが、条件だ」
「……はい」アルクは、頷いた。「必ず」
三 握り飯と、再会
その夜。
灰爪亭で、ささやかな、宴が、開かれた。
ネッサが、約束通り——握り飯を、握った。たくさん。
「タークさん、どうぞ!」ネッサが、握り飯を、差し出した。
タークが、一口、食べた。
動きが——止まった。
「……っ」タークが、俯いた。「……うまい。
——前より、ずっと、うまく、なってる」
「えへへ」ネッサが、笑った。「あたし、たくさん、料理、覚えたんです! 商会長も、やってるんですよ!」
「商会長!?」タークが、目を、見開いた。「お前が!? あの、帳簿を、つけてただけの——」
「つけてただけじゃないですよっ!」ネッサが、頬を、膨らませた。
「いや——すごいじゃ、ないか」タークは言った。しみじみと。「ちゃんと——立派に、なって」
「タークさんの、おかげも、あります」ネッサは言った。「『死ぬな』って、言ってくれた、あの言葉。
——ずっと、支えに、なってました」
「……っ」タークが、また、言葉に、詰まった。
「——握り飯、もう一個、くれ」
「はい!」ネッサが、笑った。「いっぱい、ありますよ!」
ゴウダが、酒を、飲みながら、アルクに、言った。
「アルク」ゴウダは言った。
「お前——変わったな…」
「昔は——自分から、助けを、求めない、奴だった。一人で、何でも、抱え込む。——でも、今は」
ゴウダが、ネッサや、ヴィナを、見た。
「ちゃんと——仲間を、頼ってる」ゴウダは言った。「『支店を、出してくれ』って、頭を、下げに、来た。——それが、できるように、なった。お前は、成長したよ」
「みんなの、おかげです」アルクは言った。
「そういうところは、変わってないがな」ゴウダは、笑った。
四 澱みの、残り火
翌朝。
ギルド支店設立の、手続きを、進めていると
——一人の、村人が、慌てて、ギルドに、駆け込んできた。
「ギルドマスター! 助けてくれ!」村人は言った。「村の、近くの、古い坑道で——魔物が、出た!」
「魔物?」ドーグが、眉を、ひそめた。「澱みは、去ったはずだが」
「それが——黒い、靄を、まとった、魔物なんだ」村人は言った。「数は、少ないが——普通の、冒険者じゃ、歯が、立たない」
「黒い靄——澱みか」カインが、呟いた。
「父の、情報にも、ありました。澱みは、完全には、消えていない。各地の、地脈の、淀んだ場所に
——残り火のように、残っている、と」
「アルク」ドーグが、言った。
「悪いが——お前、行ってくれるか。今のヴォルタには、その魔物に、対処できる、冒険者が、いない」
「もちろんです」アルクは言った。「行きましょう」
アルク、ヴィナ、ネッサ、カインの、四人と、守り手たちは、古い坑道へ、向かった。
五 残り火を、浄化する
坑道の、奥。
黒い靄が、わだかまっていた。その中に
——澱みに、侵された、数体の、魔物が、潜んでいた。かつて、帝国が、跋扈していた頃の、澱みの、名残。
「数は、多くない」ヴィナが、剣を、抜いた。「だが——黒い靄が、厄介だな」
「俺が、浄化する」アルクは言った。
「ヴィナ、ネッサ——魔物を、抑えてくれ。その間に、靄を、消す」
「任せろ」ヴィナが、駆けた。「《双閃》!」
ヴィナの、双の斬撃が、魔物を、足止めした。コレンの炎が、退路を、断つ。
その間に——アルクが、坑道の、奥へ、進んだ。澱みの、淀む、中心へ。
「《還元》」アルクは、念じた。
完成した賦活師の力。淀んだ澱みが
——アルクに、引き戻され、浄化されて、清らかな、力に、変わっていく。
黒い靄が——みるみる、晴れていった。澱みに、侵されていた、魔物たちも、靄が、消えると、正気を、取り戻し——力なく、その場に、倒れ伏した。澱みが、抜けて、ただの、弱った獣に、戻ったのだ。
「……浄化、完了だ」アルクは言った。「この坑道の、澱みは——消えた」
「さすが、アルクさん」ネッサが、言った。
「これが——『残り火』か」カインが、言った。
「故郷には、まだ、こういう場所が、点々と、残っている。完全に、清めるには——時間が、かかる」
「なら——」アルクは言った。「これからも、時々、帰ってきて、浄化する。
——ギルドの支店が、あれば、こういう、残り火の情報も、集まる。早く、対処できる」
「二つの、世界を、行き来しながら」ヴィナが、言った。「新しい世界を、創り、古い世界を、清める。
——忙しいな、お前は」
「ああ」アルクは、笑った。「でも——どっちも、大切な、場所だからな」
坑道を、出ると——村人たちが、待っていた。
「ありがとう、賦活師様!」「助かった!」
「礼は、いらない」アルクは言った。「困ったときは——アステリアの、ギルド支店に、相談してくれ。きっと、力になる」
六 二つの世界の、門
ヴォルタを、発つ前。
エニが、二つの世界を繋ぐ、扉を——より、確かなものに、整えた。
『これで——人や、ものが、楽に、行き来できる』エニが、言った。『故郷の、冒険者も。移住希望者も。交易の、品も。——二つの世界が、繋がった』
「ありがとう、エニ」アルクは言った。
「アルク」ゴウダが、見送りに、来た。「冒険者は、追って、送る。腕利きを、選んでな。
——アステリアの、ギルド支店、頼んだぞ」
アルクは言った。「——たまには、顔を、見せます。約束、覚えてますから」
「ああ」ゴウダは、笑った。「待ってる」
タークが、ぶっきらぼうに、言った。
「ネッサ……また、握り飯、握りに、来い」
「はい!」ネッサが、笑った。「今度は、アステリアの、特産品も、持ってきます! すっごく、美味しいお酒なんですよ!」
「酒か」タークは言った。「……楽しみに、してる」
アルクたちは、扉を、くぐった。
故郷と、新しい世界が——確かに、繋がった。
その、温かい繋がりを、胸に。




