第百十二話 星の雫
一 特産品が、欲しい
角うさぎの、騒動が、落ち着いた頃。
商人ハディムが、約束通り、隊商を率いて、戻ってきた。たくさんの、品物を、携えて。
「アルク殿! 戻ったぞ!」ハディムは言った。
「アステリアの、噂は、各地で、評判だ!
『荒野に、突然現れた、豊かな町』とな!」
「ハディムさん、ようこそ」アルクは言った。
交易が、行われた。アステリアの、農作物や、ドルムたちの、工芸品が、ハディムの、品物と、交換された。
だが——取引の後、ハディムが、少し、考え込んだ。
「アルク殿」ハディムは言った。「一つ、商人として、助言を、しても、よいか」
「ぜひ」
「アステリアの、農作物は、質が、良い」ハディムは言った。「工芸品も、悪くない。——だが、これらは、他の国でも、作れるものだ。アステリアだけの、『これしかない』という品が——あると、いい」
「アステリアだけの、品?」アルクは言った。
「特産品だ」ハディムは言った。「他では、手に入らない、名物。それが、あれば——アステリアの、名は、大陸中に、轟く。商人たちが、こぞって、買い付けに、来る。町は、大いに、栄える」
「なるほど」カインが、頷いた。「アステリアにしか、ない、もの。——確かに、それがあれば、経済の、柱に、なります」
「何か、心当たりは、あるか?」ハディムが、聞いた。
アルクたちは——顔を、見合わせた。
二 ネッサの、ひらめき
その夜、屋敷で、皆で、考えた。
「アステリアだけの、もの、ねえ」ガドルが、腕を、組んだ。「うーん」
「《創生》で、何か、創れないか?」ヴィナが、言った。
「創れるけど——」アルクは言った。「《創生》で創ったものを、売るのは、なんか、違う気がする。それは、俺の力で、作っただけだ。アステリアの、みんなで、作ったもの、じゃない」
「アルクさん、いいこと、言いますね」ネッサが、言った。「やっぱり、みんなで、作ったものが、いいです」
その時。
ネッサが——何かを、思いついた顔を、した。
「あ——そうだ!」ネッサが、言った。「あの、果実!」
「果実?」アルクは言った。
「コダマ族のみなさんが、育ててる、あの、青白い実です!」ネッサは言った。「丘の、果樹園の。
——あれ、すっごく、いい香りで、甘いんですけど。日持ちが、しなくて、すぐ、傷んじゃうんです。だから、売り物には、ならないって」
「ああ、あの実か」アルクは言った。「確かに、いい香りだった」
「あれを——お酒に、したら、どうですか?」ネッサが、言った。「果実のお酒なら、日持ちもするし。あの、いい香りが、活きると思うんです!」
「果実酒——」カインが、目を、見開いた。
「それは——いいかもしれない」
「コダマ族の果実は、この世界の、他の土地には、ない」リィナが、言った。「アルクさんが、肥沃にした、谷の土壌だからこそ、育つもの。——つまり、アステリアでしか、作れない。特産品の、条件を、満たしています」
「でも、お酒の、作り方なんて——」ヴィナが、言った。
「実は」ドルムが、口を、挟んだ。「我ら、ドワーフは——酒造りには、うるさいぞ。故郷でも、果実酒を、造っていた。——任せてくれ。あの果実で、最高の酒を、造ってみせる」
三 星の雫
こうして——アステリア初の、特産品づくりが、始まった。
コダマ族が、丘の果樹園で、青白い果実を、丁寧に、摘んだ。リィナが、《探究の賢者》で、最も、糖度の高い、実を、見極めた。ドルムたち、ドワーフが、その実を、樽で、じっくりと、発酵させた。
そして——アルクも、手伝った。
「アルクさん、《創生》で、お酒を、創るのは、なしですよ?」ネッサが、釘を、刺した。
「わかってる」アルクは、笑った。「俺がやるのは
——樽を、創ることだ」
アルクが、《創生》で、酒造りに、最適な、頑丈で、清潔な、樽を、いくつも、創った。アルファが、付与で、その樽を、強化した。
『これで、酒が、まろやかに、なるで!』アルファが、言った。
「お前、酒のこと、わかるのか?」アルクが、笑った。
『甘いもんは、わかる! 酒も、甘いやろ!?』
「酒は、甘いだけじゃ、ないと思うが——」
数週間後。
最初の、果実酒が——完成した。
ドルムが、樽から、一杯、注いだ。
淡い、青白い色。星の、輝きを、溶かし込んだような、神秘的な、色合い。香りは——うっとりするほど、甘く、爽やかだった。
「……できた」ドルムが、感慨深く、言った。「これは——傑作だ」
大人たちが、一口、味わった。
「……っ、うまい!」ガドルが、目を、見開いた。
「甘くて、爽やかで——でも、奥深い! こんな、酒は、飲んだことがない!」
「香りが、すごい」ヴィナが、言った。「お酒なのに——花の、香りがする」
「平和の、味だ」バルガが、しみじみと、言った。もぐ太を、膝に、乗せて。
「これは——売れます」カインが、断言した。「間違いなく」
「名前を、つけなきゃですね!」ネッサが、言った。「この、きれいな、青白いお酒に」
アルクは、その、星のように輝く、青白い酒を、見つめた。
「——星の雫」アルクは言った。
「どうだ。星の女神に、見守られた、この町の、星のような、お酒だ」
「素敵です!」ネッサが、言った。「星の雫! ぴったり!」
四 ハディムの、驚愕
ハディムが、その酒を——一口、飲んだ。
そして——杯を、持つ手が、震えた。
「これは……」ハディムは、絞り出すように、言った。「アルク殿。これは——とんでもない、ものだ」
「気に入って、もらえたか?」アルクは言った。
「気に入る、どころでは、ない」ハディムは言った。「これほどの、酒は——大陸中を、探しても、ない。この、香り。この、味わい。そして、この、美しい、色。——王侯貴族が、目の色を、変えて、求めるだろう。一樽で——金貨が、山と、積まれる」
「そんなに、か」アルクは、驚いた。
「アステリアの、名は——この酒、一つで、大陸中に、轟くだろう」ハディムは言った。
「『星の雫』——この名と、共に。
——アルク殿。ぜひ、我が、サラフ商会に、独占で、扱わせて、ほしい——いや」
ハディムが、言い直した。
「いや、それは、欲が、過ぎる」ハディムは言った。「正直な、商売を、しよう。——アステリアと、サラフ商会で、共に、この酒を、各地へ、広めよう。利益は、公正に、分ける。それで、どうだ」
「ああ」アルクは言った。「それで、いこう。——みんなで、作った酒だ。みんなが、潤う形が、いい」
五 商会と、経済
星の雫は——瞬く間に、評判に、なった。
ハディムが、各地へ、運ぶと——どの国でも、引く手あまた、だった。注文が、殺到した。
アステリアには——その、利益が、流れ込んできた。
「すごいです!」ネッサが、帳簿を、見て、目を、丸くした。「こんなに、たくさんの、お金が——!」
「会計、大変だな、ネッサ」アルクが、笑った。
「でも、嬉しい、大変です!」ネッサは言った。「このお金で、町を、もっと、良くできます!」
カインが、提案した。
「アルク」カインは言った。「そろそろ——アステリアに、きちんとした、商会を、作りませんか」
「商会?」
「星の雫の、取引。各地との、交易。お金の、管理」カインは言った。「これだけ、経済が、大きくなると——個人で、捌くのは、限界です。アステリアの、商会を、作って、組織として、運営する。
——ネッサが、会計の、長に、向いている」
「あたしが!?」ネッサが、驚いた。
「ネッサの、《豊穣の招来者》は——人と、ものを、呼び集める力だ」カインは言った。「商会の、長として、これ以上の、適任は、いない。それに——お前は、誰よりも、町の、みんなのことを、考えている」
「で、でも、あたしに、そんな、大役——」ネッサが、戸惑った。
「ネッサなら、できる」アルクが、言った。「ヴォルタのギルドで、帳簿を、つけていた、お前だ。お金の、扱いは、お手の物だろう。それに
——みんな、お前を、信頼してる」
「アルクさん……」ネッサが、目を、潤ませた。「——はい! あたし、頑張ります! アステリア商会、立派に、運営してみせます!」
こうして——アステリア商会が、設立された。長は、ネッサ。星の雫を、はじめとする、特産品の、取引を、束ね、町の、経済を、回す、心臓に、なった。
受付嬢だった少女が——今や、一つの町の、経済を、担う、商会長に。
「ネッサ、立派に、なったな」ヴィナが、しみじみと、言った。
「えへへ」ネッサが、照れた。「でも、一人じゃ、ありません。みんなが、いるから。——それに」
ネッサが、にっこり、笑った。
「あたし、人を、呼び集めるの、得意ですから! 商会の、仲間も、いっぱい、集めます!」
六 次なる、繋がり
アステリア商会は、順調に、栄えていった。
星の雫を、求めて、各地から、商人が、訪れるように、なり——町は、ますます、賑わった。
ある日。
その、賑わいを、見て、カインが、アルクに、言った。
「アルク」カインは言った。「町が、これだけ、大きくなると——もう一つ、必要なものが、あります」
「なんだ?」
「冒険者ギルドです」カインは言った。「町には
——様々な、困りごとが、起きます。魔物の、討伐。護衛。荷運び。調査。——そういった、仕事を、捌く、組織。それが、ギルドです」
「ギルド——」アルクは言った。懐かしい、響きだった。ヴォルタの、灰爪亭。アルクが、ランク外の、荷運びだった、あの場所。
「故郷の、ヴォルタには、ギルドが、あります」カインは言った。「ゴウダさんや、ドーグさんに、相談して——アステリアに、ギルドの、支店を、出してもらうのは、どうでしょう」
「故郷の、ギルドの、支店を——この、新しい世界に」アルクは言った。
「二つの、世界を、繋ぐ、第一歩にも、なります」カインは言った。「エニが、橋に、なってくれる。人や、仕事が、行き来すれば——両方の、世界が、豊かに、なる」
「いいな、それ」アルクは、頷いた。「ゴウダさんや、ドーグさんに——久しぶりに、会いに行くか」
「ドーグさん!」ネッサが、言った。「懐かしいです! タークさんにも、会えますね!」
「ターク、元気かな」アルクは、笑った。「『ネッサの握り飯、また食わせろ』って、言ってたしな」
「あ、そうでした!」ネッサが、言った。「じゃあ、行ったら、握り飯、握らなきゃ!」
アルクは、故郷へ続く、扉の方を、見た。
新しい世界で、育っていく、アステリア。
そして——故郷、ヴァルナ・クロス。
二つの世界が、これから——繋がっていく。
「行こう」アルクは言った。「久しぶりの、里帰りだ」




