第百十一話 角うさぎの、行進
一 畑の、異変
収穫祭から、数日。
その朝、コダマ族の年長者が、慌てて、アルクのもとに、駆けてきた。
「アルク殿! 大変だ!」年長者は言った。「畑が——畑が、荒らされている!」
アルクたちは、畑へ、急いだ。
見ると——実りかけていた、麦や、野菜が、点々と、食い荒らされていた。土も、掘り返されている。
「これは——魔の獣、か?」ヴィナが、剣に、手を、かけた。
「いや」リィナが、地面の、足跡を、観察した。
「澱みの、気配は、ありません。これは——普通の、生き物の、仕業です。それも——かなりの、数の」
「足跡を、たどれるか」アルクは言った。
「ええ」リィナが、足跡を、追った。
「畑から——あちらの、林の方へ、続いています」
一行は、足跡を、たどった。
林の、奥。
そこに——いた。
無数の、小さな、生き物の、群れ。
丸っこい、白い体。長い、垂れ耳。だが——額に、小さな、一本の角が、生えていた。うさぎのような、姿だが、角がある。つぶらな瞳で、もぐもぐと、草を、食んでいる。
「……うさぎ?」ネッサが、言った。「角の、生えた、うさぎ?」
「角うさぎ、と言ったところか」カインが、言った。「数は——ざっと、数百匹。これだけの群れが、畑を、食べに来ているなら——放っておけば、収穫が、全滅します」
二 倒せない、理由
「数百匹か」ガドルが、斧に、手を、かけた。「なら、追い払うか——」
「待て」アルクが、止めた。
角うさぎたちは——アルクたちに、気づくと、つぶらな瞳で、こちらを、見た。
一匹の、子うさぎが、よちよちと、近づいてきて
——アルクの、足元の、草を、もぐもぐと、食べ始めた。無邪気に。
「……かわいいな」アルクは、思わず、言った。
「アルクさん、敵意、ゼロですよ、この子たち」ネッサが、しゃがんだ。「ただ、お腹が、空いて、食べてるだけ、みたいです」
「魔の獣とは、違う」アルクは言った。「こいつらは——ただの、生き物だ。腹を、空かせて、畑に、来ただけだ」
「だが——このままでは、畑が」ライナが、言った。
「殺すのは、違う」アルクは言った。「こいつらにも、生きる権利が、ある。——でも、畑も、守らなきゃならない。住人の、食料だ」
「どうする?」ヴィナが、言った。「追い払っても
——腹が、空いてれば、また、来るぞ」
アルクは、考えた。
角うさぎを、傷つけず。畑も、守る。両方を、叶える方法を。
その時。
『……アルク』エニが、言った。
『この、角うさぎたち——元は、林の、奥の、草原で、暮らしていた。だが、最近、その草原が、枯れてしまったらしい。だから、食べ物を、求めて、畑へ、来ている』
「草原が、枯れた?」アルクは言った。
『縁の糸を、手繰ると——感じる』エニは言った。
『この子たちの、本来の、住処が、失われた。だから、さまよっている』
「住処が——」アルクは、思いついた。「なら、新しい、住処を、創ってやればいい」
三 谷の、楽園
「リィナ」アルクは言った。「この近くに、角うさぎが、暮らせそうな、土地は、あるか?」
「ええと——」リィナが、地形を、読んだ。「北に、深い、谷が、あります。今は、何もない、岩がちの谷ですが。——水脈は、通っています。土も、悪くないです」
「そこを——角うさぎの、楽園に、する」アルクは言った。
一行は、北の谷へ、向かった。角うさぎの群れも、なぜか、ぞろぞろと、ついてきた。アルクの、足元の草を、食べながら。
「なんで、ついてくるんだ、こいつら」ヴィナが、苦笑した。
「アルクさんに、懐いてるんじゃ?」ネッサが、笑った。
谷に、着いた。深く、切り立った、岩の谷。今は、草も、まばらだった。
「ここに——豊かな、草原を、創る」アルクは言った。
アルクは、谷の底に、手を、かざした。コダマ族の、土を育てる知恵を、借りて。
「創る」アルクは、念じた。
谷の底が——みるみる、緑に、染まった。柔らかな、草が、生え、清らかな、水が、湧き、小さな、花が、咲いた。岩だらけだった谷が
——一面の、草原に、変わった。
「わあ……!」ネッサが、声を、上げた。
「谷が——お花畑に!」
「角うさぎの、食べる、草を、たっぷりと」アルクは言った。「これで——こいつらは、ここで、暮らせる」
角うさぎたちが——谷の草原を、見て。
一斉に、ぴょんぴょんと、駆け下りていった。嬉しそうに。柔らかな草に、顔を、うずめて、もぐもぐと、食べ始めた。
子うさぎたちが、花の間を、跳ね回る。つぶらな瞳を、輝かせて。
「……懐いて、くれたみたいだな」アルクは、微笑んだ。
四 バルガの、決意
その様子を——バルガが、じっと、見ていた。
いつも、寡黙な、大男が。角うさぎの、子供が、跳ねるのを、食い入るように、見つめている。
「バルガ?」アルクが、声をかけた。「どうした」
「……アルク」バルガが、言った。真剣な、顔で。「一つ、頼みが、ある」
「なんだ」
「あの、角うさぎを——一匹」バルガは言った。
「町で、飼っても、いいだろうか」
全員が、バルガを、見た。
「バルガが——うさぎを?」ガドルが、目を、丸くした。
「……いかんか」バルガは、少し、ばつが悪そうに、言った。「俺は——ああいう、小さくて、柔らかいものが」
「バルガさん、かわいいもの、好きですもんね!」ネッサが、言った。「亜空間の、お部屋も——」
「ネッサ」バルガが、慌てた。
「あ」ネッサが、口を、押さえた。
「お部屋?」ライナが、聞いた。「バルガの、部屋が、どうした」
「……」バルガが、観念したように、息を、吐いた。「……仕方ない」
五 熊だらけの、部屋
その夜、屋敷で。
みんなが、こっそり、知っていた、バルガの、自室の話が——ライナに、ばれた。
バルガの、自室。亜空間の、屋敷の、一室。
扉を、開けると——そこは。
以前ガドルにもらった、ぬいぐるみの熊とうさぎ、そして、木彫りの、熊で、埋め尽くされていた。
大きな熊。小さな熊。座った熊。立った熊。鮭を、くわえた熊。丸くなって、眠る熊。——全て、バルガが、自分で、彫ったものだった。
「……これは」ガドルが、絶句した。
「すごい数だな」ライナが、言った。
「俺は——」バルガが、ぼそぼそと、言った。「戦いの、合間に。心を、落ち着けるために。木を、彫っていた。——熊を」
「なんで、熊なんですか?」ネッサが、聞いた。
「……強くて、大きくて」バルガは言った。「でも
——どこか、愛嬌が、ある。俺は——そういうものに、憧れる。俺自身は、強くて、大きいだけで、愛嬌が、ないからな」
「そんなこと、ないですよ!」ネッサが、言った。「バルガさん、すっごく、優しいです!」
「……そうか」バルガは、少し、照れた。
厳つい大男の、意外な、共通の趣味。それは
——町の、ささやかな、語り草に、なった。
六 もぐ太、来たる
翌日。
バルガは、谷の草原から、一匹の、角うさぎを、町に、連れ帰った。
他のうさぎより、少し、のんびりした、子だった。バルガの、大きな手の上で、のんびりと、草を、もぐもぐ、食べている。
「名前は?」ネッサが、聞いた。
「……もぐ太」バルガが、言った。「いつも、もぐもぐ、しているから」
「もぐ太!」ネッサが、笑った。「かわいい!」
もぐ太は、すっかり、バルガに、懐いた。バルガの、頑丈な肩に、乗って、町を、見回ったり、バルガが、竪琴を、弾くと、その膝で、丸くなって、眠ったり。
厳つい、大男の、タンクと。小さな、角うさぎ。
その、不釣り合いな、組み合わせは
——アステリアの、新しい、名物に、なった。
「バルガさん、すっかり、お父さんですね」ネッサが、笑った。
「……父では、ない」バルガは言った。だが、もぐ太の頭を、そっと、撫でた。「だが——守るべきものが、また一つ、増えた。——悪くない」
『平和の、味、だね』ルミが、バルガの口癖を、真似て、言った。
「ああ」バルガは言った。もぐ太を、見つめて。
「——平和の、味だ」
谷には、角うさぎの、楽園が。
町には、もぐ太が。
誰も、傷つけずに——畑も、命も、守られた。
それは、アステリアらしい——優しい、解決だった。




