第百八話 砂の、隊商
一 来訪者
翌朝。
アステリアの、見張り台から、ガドルが、叫んだ。
「アルク! 来たぞ! 昨日の、灯りの正体だ!」
アルクたちは、町の入り口へ、向かった。
丘の向こうから、やってきたのは——大きな、隊商だった。
砂よけの、布を、まとった、人々。荷を積んだ、見たことのない、大きな獣——背中に、二つの瘤を持つ、ゆったりとした生き物が、何頭も、列を、なしている。旗を、掲げ、護衛らしき、武装した者たちも、いた。
数は、百人ほど。だが——その顔には、疲労が、色濃く、滲んでいた。長い、旅の果てに、たどり着いた、という様子だった。
「人間だ」ヴィナが、言った。「コダマ族とは、違う。——あたしたちと、同じ、姿をしている」
「武装している」ライナが、剣に、手を、添えた。
「警戒は、必要だ」
「待て」アルクが、止めた。「——敵意は、感じない。むしろ、疲れ切ってる。エニ、どうだ?」
『悪意は、ない』エニが、言った。『澱みも、感じない。——彼らは、ただ、長い旅に、疲れ、何かを、求めて、さまよっている。そして——驚いている。こんな場所に、町が、あることに』
隊商の、先頭の者が——アステリアの町並みを見て、立ち尽くしていた。
立派な、家々。中央の、噴水。豊かな、畑。——つい、半月前まで、何もなかった、荒野に。
「……ありえぬ」先頭の、初老の男が、呟いた。「この地は——魔の獣が、出る、呪われた荒野のはず。なのに——なぜ、こんな、立派な町が」
二 商人ハディム
アルクは、両手を、広げて、ゆっくりと、近づいた。武器を、持たずに。
「ようこそ」アルクは言った。「俺は、アルク。この町——アステリアの、者だ。あなたたちは、どこから?」
初老の男が、警戒しながらも——アルクの、穏やかな様子に、少し、肩の力を、抜いた。
「……私は、ハディム」男は言った。「サラフ商会を、束ねる、商人だ。我らは——東の、交易都市、ザイードから、来た」
「交易都市?」アルクは言った。
「知らぬ、のか」ハディムは、訝しんだ。「ザイードを——大陸でも、指折りの、商業都市を」
「すまない」アルクは言った。「俺たちは——ごく最近、この地に、来たばかりなんだ。この世界のことを、まだ、よく知らない」
「最近、来た……?」ハディムは、ますます、戸惑った。「この、立派な町を——最近、築いた、と? 半月や、一月で? そんなことが——」
「いろいろ、事情があってな」アルクは、苦笑した。「それより——あなたたち、疲れているようだ。長旅、だったんだろう。よければ、休んでいってくれ。水も、食べ物も、ある」
ハディムが、目を、見開いた。
「見ず知らずの、我らに——?」ハディムは言った。
「なぜ、そこまで」
「困ってる人がいたら、手を伸ばす」アルクは言った。「それが、俺の、やり方なんだ。——さあ、入ってくれ。あなたたちの、獣にも、水をやろう」
ハディムは、しばらく、アルクを、見つめていた。
そして——深く、息を、吐いた。
「……かたじけない」ハディムは言った。「実は——我らは、行き場を、失っていた。砂嵐に、隊商路を、断たれ、水も、食料も、尽きかけ。——この、呪われた荒野を、抜けるしか、道が、なかった。だが、ここで、魔の獣に、襲われれば——終わりだと、覚悟していた」
「もう、大丈夫だ」アルクは言った。「ここは、安全だ。——ゆっくり、休んでくれ」
三 もてなし
アステリアは——突然の、客人で、賑やかに、なった。
ネッサが、すぐに、動いた。
「みなさん、お腹、空いてますよね!?」ネッサが、隊商の人々に、声をかけた。「すぐ、ごはん、用意します! 待っててください!」
ネッサが、《豊穣の招来者》の力を、込めて、共同食堂の、料理人たちと、大量の料理を、作った。温かい、スープ。焼きたての、パン。たっぷりの、煮込み料理。
疲れ切った、隊商の人々が——その料理を、口にした。
「……っ」護衛の、若者が、スープを、一口、すすって——涙を、こぼした。「温かい……。何日ぶりだ、温かい飯は……」
「たくさん、ありますからね!」ネッサが言った。「おかわり、自由ですよ!」
「あたたかい……」隊商の、子供が、パンを、頬張った。「おいしい……!」
その様子を見て——ハディムも、料理を、口にした。
そして——目を、見開いた。
「これは——」ハディムは言った。「ただの、料理では、ない。食べると——体に、力が、湧いてくる。疲れが、抜けていく。——一体、どんな、技で」
「あたしの、ギフトです!」ネッサが、得意げに、言った。「料理で、みんなを、元気にする、力なんです!」
「ギフト……」ハディムは、呟いた。「女神の、加護を、受けた者か。——道理で」
アルクが、隊商の、疲れた人々に、ルミの回復の光を、そっと、注いだ。傷ついた者の、傷が、癒え、疲れ切った者の、顔に、生気が、戻っていく。
「あなたは——癒しの、力まで」ハディムが、驚いた。「商人として、各地を、巡ってきたが
——あなたほどの、力を持つ者は、見たことが、ない。あなたは、一体——」
「ただの、お人好しだ」アルクは、笑った。
「謙遜を」ハディムは言った。「——いや。あなたのような方が、治める町なら。この、アステリアという町は——きっと、大きく、なる」
四 ザイードの話
食事を終え、人心地ついた、ハディムが、アルクに、語った。
「アルク殿」ハディムは言った。「あなたは、この世界のことを、知らぬ、と言ったな。
——では、少し、お話ししよう。我らの、世界のことを」
「ぜひ、聞かせてくれ」アルクは言った。カインも、リィナも、興味深そうに、耳を、傾けた。
「この大陸には、いくつもの、国が、ある」ハディムは言った。「我らの、交易都市ザイードを、はじめ。北には、武の国、ガラント。南には、緑豊かな、農耕の国、ミレニア。西の海沿いには、自由商人たちの、港湾連合。——それぞれが、交易し、時に、争い、均衡を、保っている」
「いくつもの、国が——」アルクは言った。
「だが」ハディムは言った。声を、少し、落として。「近年——どの国も、頭を、悩ませていることが、ある」
「なんだ?」
「魔の獣だ」ハディムは言った。「ここ数年——大陸の、各地で、見たことのない、強大な、魔の獣が、現れるように、なった。黒い、澱みを、まとった、化け物だ。どの国の、軍も、手を、焼いている」
アルクと、仲間たちが——顔を、見合わせた。
「黒い、澱みを、まとった、魔の獣」アルクは言った。「それは——もしかして」
「この、呪われた荒野も」ハディムは言った。「元は、普通の、荒野だった。だが——数年前から、地の底より、魔の獣が、現れるように、なり。人が、立ち入れぬ、死地に、なった。——だから、我らも、ここを、通るのを、避けてきた。今回は、よほどの、緊急で、なければ」
「ネブロス——」リィナが、小さく、呟いた。
「ネブロス?」ハディムが、聞き返した。
「いや」アルクは言った。「その、魔の獣の、出どころに——心当たりが、ある。俺たちは、それと、戦うために、ここに、いるんだ」
「戦う——?」ハディムが、目を、見開いた。「あの、化け物と? 国の、軍でも、敵わぬ、化け物と?」
「ああ」アルクは言った。「実は、つい、数日前にも、一体、この町に、現れた。——倒したけどな」
ハディムが——絶句した。
「あの、化け物を——倒した、だと……」ハディムは、呆然と、言った。「国の、精鋭軍が、何十人、犠牲にしても、倒せなかった、あの、化け物を……」
五 縁が、広がる
「アルク殿」ハディムは、改まって、言った。「一つ、お願いが、ある」
「なんだ?」
「我ら、サラフ商会と——交易を、してくれぬか」ハディムは言った。「この、アステリアという町は
——豊かだ。水が、あり、食料が、あり、安全が、ある。そして、何より——魔の獣を、退ける、力が、ある。これほどの、町は、大陸広しと、いえど、他に、ない」
「交易……」アルクは言った。
「我らは、各地の、品物を、運べる」ハディムは言った。「珍しい、布。香辛料。鉄。書物。
——あなたたちに、ない、ものを。代わりに、この町の、豊かな、農作物や、職人の、品を、各地へ、売り広めよう。
——きっと、双方の、ためになる」
アルクは、カインを、見た。
「どう思う、カイン」
「願ってもない、話です」カインが、言った。
「アステリアは、自給自足は、できる。でも
——他の国々と、繋がりが、なければ、いずれ、行き詰まる。交易の、窓口が、できれば——この町は、もっと、豊かに、なる。そして、何より」
カインが、少し、声を、潜めた。
「ネブロスの、魔の獣が、大陸全体に、現れているなら——」カインは言った。「他の国々と、手を、結ぶことは、いずれ、必要に、なります。情報の、共有も。共闘も。——その、第一歩に、なる」
「なるほど」アルクは、頷いた。そして、ハディムに、向き直った。「ハディムさん。——その話、受けよう。一緒に、やろう」
「おお——!」ハディムが、顔を、輝かせた。「感謝する、アルク殿!」
「ただし」アルクは言った。「交易は、対等に。お互いが、笑顔になれる形で。——困っている人が、いたら、助け合う。それだけは、約束してくれ」
「もちろんだ」ハディムは言った。「——いや。あなたと、出会えて、本当に、よかった。サラフ商会の、名にかけて、誠実に、付き合わせて、もらう」
『……アルク』エニが、静かに、言った。『今、また、新しい縁が、結ばれた。——遠い、交易都市との、縁が』
「ああ」アルクは言った。
『そして——』エニが、続けた。『縁が、結ばれたことで——お前の《創生》が、また一段、解放された』
「《創生》が——?」アルクは、自分の手を、見た。
「人と、縁を結ぶと、力が、増える。——本当に、その通りだな」
『コダマ族とは、土を育てる知恵を』エニは言った。『この、隊商とは——遠くの、世界と、繋がる、知恵を。彼らは、各地を、旅し、様々な、ものを、知っている。その、広い世界の知識が——お前の創造に、加わった』
「広い世界の、知識——」アルクは言った。「これで、何が、創れるように、なったんだろう」
『試してみるといい』エニは、言った。
六 次なる、灯り
その夜。
隊商の人々は、アステリアの、客間で、ぐっすりと、眠った。久しぶりの、安全な、夜だった。
アルクは、《創生》の、新しい力を、試してみた。
ハディムから、聞いた、遠い世界の、話を、思い浮かべながら。隊商の、長い旅を、思いながら。
「創る」アルクは、念じた。
すると——アルクの手のひらから、光が、立ち上り。
地面に——一本の、立派な、街道が、現れた。アステリアから、丘の向こうへと、まっすぐ、伸びる、平らで、頑丈な、道。
「道が——創れた」アルクは、目を、見開いた。「今まで、建物しか、創れなかったのに。——遠くまで、続く、道が」
「すごいです、アルクさん!」ネッサが、言った。「これがあれば、隊商のみなさん、楽に、行き来できますね!」
「ああ」アルクは言った。「縁が、繋がるほど——遠くまで、届く力に、なっていく」
翌朝。
隊商の人々が、出発の、準備を、した。
「アルク殿」ハディムが、別れ際に、言った。「この、ご恩は、忘れぬ。次は——たくさんの、品物を、携えて、戻ってくる。——そして」
ハディムが、少し、表情を、引き締めた。
「一つ、忠告を」ハディムは言った。「我ら商人は、各地の、噂を、耳にする。——最近、武の国ガラントが、不穏だ。あの国は、力を、何より、重んじる。もし——魔の獣を、退ける、この町の、噂が、彼らの耳に、入れば」
「興味を、持つ、ということか」アルクは言った。
「あるいは——脅威と、見なすかも、しれぬ」ハディムは言った。「力を、尊ぶ国は、時に、強き者を、屈服させようと、する。——気を、つけられよ。この町の、力は、それほどに、特別なのだ」
「……忠告、感謝する」アルクは言った。
「なに、商人の、おせっかいだ」ハディムは、笑った。「——では、また。アステリアの、繁栄を、祈っている!」
隊商が、アルクの創った、新しい街道を、進んでいった。
その背中を、見送りながら——アルクは、思った。
新しい世界での、初めての、出会い。広がっていく、縁。
だが——その先には、まだ見ぬ、国々が、あり。
力を、尊ぶ、武の国の、影も。
そして——地の底からは、ネブロスの脅威が、なおも、近づいている。
「忙しく、なりそうだな」アルクは、呟いた。
「ああ」ヴィナが、隣で、言った。「でも——退屈は、しなさそうだ」
「ああ」アルクは、笑った。
新しい街道の、向こうに、昇る、朝日。
星の国、アステリアの、新しい一日が——また、始まった。
縁を、結びながら。灯を、ともしながら。
一歩ずつ——広い世界へ。




