第百六話 地の底から
一 異変
女神の来訪から、数日後。
その日は、穏やかな、朝だった。
アステリアは、いつものように、活気に、満ちていた。職人たちが、家を、仕上げ、コダマ族が、畑を、耕し、ネッサたちが、朝食を、作っていた。
だが——昼近く。
アルクは、ふと、足を、止めた。
「……ルミ」アルクは言った。「今、何か——感じなかったか」
「うん」ルミが、肩で、羽を、逆立てた。「地面の、下から——なんか、嫌な、気配が」
『澱みだ』エニが、言った。声が、硬かった。『地の底から——澱みが、漏れ出している。女神様が、言っていた、防壁の、綻びだ』
「来たか」アルクは言った。
その時。
街の、外れで——悲鳴が、上がった。
「魔物だ——!!」「地面から、何かが、出てきたぞ——!!」
アルクたちは、駆けつけた。
街の外れ、岩がちの、荒野。
そこの地面に——大きな、亀裂が、走っていた。
その亀裂から——黒い、澱みが、噴き出し。
そして——その中から、這い出してきたのは。
二 ネブロスの、魔獣
巨大な、獣だった。
今まで、見たことのない、姿。黒曜石のような、硬い体表。六本の、脚。背には、無数の、棘。頭部には、爛々と、輝く、紅い眼が、複数。全身から——濃密な、澱みを、放っていた。
その魔獣が、咆哮した。
その声だけで——大気が、震え、近くの木々が、枯れた。
「……なんて、澱み」リィナが、息を呑んだ。「あれが——ネブロスの、魔獣」
「今まで戦った、どんな魔物とも、違う」ヴィナが、カトレアを、抜いた。「格が——違いすぎる」
「住人を、避難させろ!」アルクが、叫んだ。「バルガ!」
「任せろ!」バルガが、前に、出た。「《不落の城壁》——!!」
バルガの新しいギフトが、発動した。バルガを、中心に——巨大な、光の城壁が、街と、魔獣の間に、立ち上がった。
魔獣が、その城壁に、突進した。
轟音。だが——城壁は、揺らがなかった。
「……効かぬ」バルガは言った。「この城壁は——街を、守る。誰も、ここから、先には、通さん!」
「さすが、バルガ!」アルクは言った。「その間に
——あいつを、倒す!」
三 歯が立たない
アルク、ヴィナ、ガドル、リィナ、ライナが、魔獣に、立ち向かった。
「《豪嵐連斬》——!!」ガドルが、斧を、振るった。
だが——魔獣の、硬い体表に、阻まれた。傷一つ、つかない。
「なに——!?」ガドルが、驚いた。「俺の斧が——通らない!?」
「《閃光斬》——!!」ヴィナが、斬りかかった。だが、同じく、弾かれた。
「《嵐の瞬獄雷・極》——!!」リィナの雷も、魔獣の体表で、霧散した。
「硬すぎる……!」リィナが、呻いた。「物理も、魔法も——通らない!」
魔獣が、反撃した。六本の脚が、鞭のように、しなり、アルクたちを、薙ぎ払った。
「ぐ——!!」全員が、吹き飛ばされた。
シルフィの、《絶対守護》が、咄嗟に、皆を、守った。だが——
『い、痛いよぉ……!』シルフィが、悲鳴を、上げた。『この魔獣、つよい……! わたしの守り、削られちゃう……!』
「シルフィの、絶対防御を——削るのか」アルクは、愕然とした。「今までの魔物とは——本当に、別格だ」
魔獣が——次の、攻撃の、態勢に、入った。複数の紅い眼が、アルクを、捉えた。
四 《創生》の、戦い
「アルク!」ヴィナが、叫んだ。「物理も、魔法も、効かない! どうする!?」
アルクは——必死に、考えた。
女神は、言った。《創生》は、戦いにも、使える。思い描いた、どんな武器も、技も、創り出せる、と。
「……創る」アルクは、呟いた。
あの、硬い体表を、貫くもの。今、必要な、武器を。
アルクは、リフレインを、握り——その刃に、
《創生》の力を、込めた。
思い描く。澱みを、断ち、いかなる硬さをも、貫く——光の、刃を。
「《創生》——!!」アルクは、念じた。
リフレインの刃が——眩い、光を、放った。刃の周りに、まばゆい、光の刃が、幾重にも、重なり、伸びていく。
「これは——!?」ヴィナが、目を、見開いた。
「創った」アルクは言った。「あいつを、貫くための——刃を」
アルクが、魔獣に、駆けた。
魔獣が、六本の脚で、迎え撃つ。だが——アルクの、光の刃は、その脚を、容易く、斬り裂いた。
「斬れた——!!」ガドルが、叫んだ。
アルクは、魔獣の懐へ、飛び込んだ。
「これで——終わりだ!」
アルクの、光の刃が——魔獣の、硬い体表を。
今度こそ——貫いた。
魔獣の、複数の紅い眼が——一斉に、見開かれ。
そして——黒い澱みとなって、崩れ、消えていった。
五 束の間の、勝利
魔獣が、消えた。
後には——亀裂から、まだ、薄く、漏れ出す、澱みだけが、残った。
「……やった」ネッサが、言った。
「ああ」アルクは、息を、整えた。「なんとか——」
「アルクさん、すごいです!」ネッサが、駆け寄った。「武器を——その場で、創って、倒すなんて!」
「《創生》のおかげだ」アルクは言った。「思い描いた、武器が——本当に、創れた。あいつを、貫くための、刃が」
「これが——アルクの、戦い方か」ライナが、感心した。「想像した、武器を、創り出す。——無限の、可能性だ」
「でも——」リィナが、亀裂を、見た。「この、亀裂。まだ、澱みが、漏れている。塞がないと——また、魔獣が、出てくる」
「俺が、やる」アルクは言った。
アルクは、亀裂に、手を、かざした。《創生》の力で——亀裂を、塞ぐ。だが。
『待って、アルク』エニが、言った。『ただ塞ぐだけじゃ、また、開く。——ここは、あなたの《還元》で、漏れ出した澱みを、浄化してから、塞ぐべきだ』
「そうだな」アルクは言った。
アルクは、まず、《還元》で、漏れ出した澱みを、浄化した。澱みが、光に、変わり、アルクの力に、なる。それから——《創生》で、亀裂を、塞いだ。
亀裂が——清らかな、大地に、戻った。
「これで——大丈夫だ」アルクは言った。
「でも——一時的に、だ」
六 深まる、謎
「女神様が、言った通りだ」アルクは言った。
「ネブロスの、防壁が、揺らいでる。これからも
——こういう魔獣が、出てくる」
「あの強さ——」ヴィナが、言った。「今日のは、
一体だった。でも、もし、群れで、来たら——」
「あるいは、もっと、強いのが、来たら」ライナが、言った。
一同に、緊張が、走った。
「だからこそ——強くならなきゃな」アルクは言った。「俺も。みんなも。アステリアも。
——ネブロスの脅威に、立ち向かえるくらいに」
「ああ」ヴィナが、頷いた。
「でも——」アルクは、街を、振り返った。
街では、避難していた住人たちが、戻ってきて
——無事だった家々と、自分たちを守ってくれたアルクたちを見て、安堵の、表情を、浮かべていた。
「俺たちには、守るものが、ある」アルクは言った。「この街。この、みんな。——だから、負けられない」
その時。
アルクは——自分の中で、また、《創生》が、解放されるのを、感じた。
『……アルク』エニが、言った。『ネブロスの魔獣を、倒し、その澱みを《還元》したことで——あなたの《創生》が、また一段、解放された。今のあなたは——より、強力な武器や、仕掛けを、創れるようになっている』
「戦って、勝つたびに——力が、解放されるのか」アルクは言った。
『そうだ』エニは言った。『建国で、縁を結んで。戦いで、脅威を、退けて。——その両方で、あなたは、豊かに、強く、なっていく』
「面白く、なってきた」アルクは、ふっと、笑った。「——よし。もっと、強くなって、もっと、いい国を、作る。そして——いつか、ネブロスの根源そのものに、立ち向かう」
澱みを、退けた、青空の下。
アルクは、前を、向いた。
戦いは——始まったばかり。
だが、希望もまた——日に日に、大きくなっていた。
星の国、アステリア。
その灯は——どんな闇にも、負けはしない。




