第百五話 育つ国
一 訪れる、移住者たち
建国から、半月。
アステリアは、目に見えて、大きくなっていた。
その日、ルミが、故郷へ繋がる扉を、開いた。
扉の向こうから——人々が、続々と、やってきた。
故郷ヴァルナ・クロスからの、移住者たちだった。
ゴウダが、声をかけてくれた、冒険者。クロシアの、イリア王女が、手配してくれた、家を失った民。ルーエの、セラン王が、送ってくれた、ドワルフの弟子の、職人たち。そして——ガルディア帝国から、皇帝ガルゼスが、募ってくれた、新天地を求める、元・帝国の民。
「すごい、人数だな」ヴィナが、言った。
「みんな、希望を、求めてる」アルクは言った。「澱みのない、新しい世界に。——その希望に、応えなきゃな」
移住者たちは、目の前に広がる、澱みのない青空と、緑の大地を見て——歓声を、上げた。
「空が——こんなに、青い……!」
「澱みの、匂いが、しない……!」
「ここで——やり直せるのか……!」
涙を、流す者も、いた。澱みに、故郷を、土地を、家族を、奪われてきた人々。彼らにとって、この清らかな世界は——まさに、約束の地だった。
二 家を、創る
「アルクさん」ネッサが言った。「こんなに、たくさんの人——お家、足りますか?」
「任せろ」アルクは言った。「《創生》が、ある」
アルクは、カインが設計した区画に沿って、手を、かざした。
「創る」
光が、次々と、立ち上った。
一軒。二軒。十軒。二十軒——。
みるみるうちに、整然とした、家並みが、できあがっていく。それぞれ、住む人に合わせた、温かい家。職人には、作業場のついた家。家族連れには、広い家。
移住者たちが、絶句した。
「い、家が——一瞬で……!」
「あの方は——一体……!」
「賦活師、アルク様だ」誰かが、言った。「世界を、救った、英雄——」
「英雄、なんかじゃない」アルクは、照れて、言った。「ただ——みんなが、安心して、暮らせる場所を、作りたいだけだ」
その、飾らない言葉に——移住者たちの、緊張が、ほどけていった。
三 それぞれの、役割
移住者が加わって、アステリアは、一気に、活気づいた。
ドワルフの弟子の、職人たちは——アルクが《創生》で創った、建物を見て、目を、輝かせた。
「これは——見事な、造りだ!」職人頭の、ドルムという、屈強な男が、言った。「だが、アルク殿。すべてを、あなた一人で、創る必要は、ない」
「と、言うと?」
「我ら、職人にも、仕事を、くれ」ドルムは言った。「あなたが、土台を、創る。我らが、細部を、仕上げる。——そうすれば、あなたの負担も、減るし、我らも、誇りを持って、働ける。それに——」
ドルムが、にやりと、笑った。
「実は、女神様から、小さなギフトを、もらってな」ドルムは言った。「手仕事が、前より、ずっと、上手くなった。腕が、鳴るんだ」
「ドルムさんも、ギフトを?」アルクは言った。
「ああ」ドルムは言った。「故郷を、発つ前に、光が、降ってきてな。——きっと、新しい世界で、役立てろ、ってことだろう」
「協力してくれた人にも、女神様の、小さなギフトが」アルクは言った。「ありがたい」
「だから——任せてくれ」ドルムは言った。「アステリアの、街並みは、我ら職人が、最高のものに、仕上げる」
「ああ」アルクは言った。「頼む、ドルムさん」
こうして——アルクが、《創生》で、土台を創り、職人たちが、細部を、仕上げる、という、分業が、できた。
ガドルが、土地を、拓き。リィナが、土地を、読み。カインが、設計し。アルクと職人が、建て。ネッサが、皆を、食事で、支え。ヴィナと、バルガが、街を、守り。ライナも、黙々と、働いた。
そして——コダマ族が、畑を、育てた。
アステリアは——日に日に、街らしく、なっていった。
四 ネッサの、奮闘
人が、増えて——一番、忙しくなったのは、ネッサだった。
「ネッサ、大丈夫か」アルクが、心配して、言った。「こんなに、人が増えて——一人で、料理、大変だろう」
「平気です!」ネッサは言った。だが、その顔は、少し、疲れていた。「みんなの、ごはん、あたしが——」
「ネッサ」アルクは言った。「一人で、抱え込むな。——お前が、いつも、言ってることだろう?」
「……あ」ネッサが、はっとした。
「それに——お前のギフトは、《豊穣の招来者》だ」アルクは言った。「『人を、呼び集める力』も、あるんじゃないか?」
「人を、呼び集める……」ネッサが、考えた。
「あ——! そっか! あたし一人で、やらなくても、いいんだ!」
ネッサは、移住者の中から、料理が得意な人を、募った。すると——たくさんの人が、手を、挙げた。
「あたし、故郷で、食堂を、やってました!」
「俺も、料理なら、任せてくれ!」
「ネッサさんと、一緒に、作りたいです!」
「みんな……!」ネッサが、感激した。
ネッサの、《豊穣の招来者》の力が——料理好きの人々を、自然と、引き寄せていた。
こうして、アステリアに、大きな、共同の食堂が、できた。ネッサが、中心になって、みんなで、料理を、作る。
「これで——もっと、たくさんの人に、美味しいごはんを、届けられます!」ネッサが、笑顔で、言った。「一人より、みんなの方が、ずっと、いい!」
「ネッサも、成長したな」ヴィナが、微笑んだ。
「えへへ」ネッサが、照れた。
五 女神の、来訪
その夜。
アステリアの、共同食堂で、ささやかな宴が、開かれていた。
その時——空が、ふわりと、光った。
「あれは——!」アルクが、見上げた。
星の光が、降りてきて——女神が、現れた。
『こんばんは』女神は、微笑んだ。『お邪魔して、いいかしら?』
「女神様!!」ネッサが、駆け寄った。「来てくれたんですね!」
『ふふ、様子を見に来たの』女神は言った。『そうしたら——とっても、いい匂いが、して。つい、降りてきちゃった』
「ちょうど、夕食です!」ネッサが言った。「ぜひ、一緒に、食べてください! あたしの手料理も、風呂敷のごちそうも、ありますよ!」
『嬉しい!』女神は、目を、輝かせた。『いただくわ』
女神は、ネッサの手料理を、口にした。
『……美味しい』女神は、しみじみと、言った。『温かくて——優しい味。これが、ネッサの料理なのね』
「お口に、合いましたか!?」ネッサが、嬉しそうに、言った。
『ええ、とても』女神は言った。『それに——食べると、心が、温かくなる。あなたの、優しさが、込められているのね』
そして——アルクが、風呂敷から、デザートを、出した。色とりどりの、ケーキと、果物。
女神の、目が——輝いた。
『……っ』女神が、ケーキを、見つめた。『こ、これは——』
「女神様、甘いもの、お好きでしたよね」アルクは、笑った。「どうぞ」
『いただきます!』女神は、いそいそと、ケーキを、口にした。
そして——頬を、押さえた。
『……っ、美味しい——!』女神は、目を、潤ませた。『なんて、美味しいの……! こんな、甘くて、ふわふわで——天上にも、こんなお菓子は、ないわ……!』
「女神様、すっごく、嬉しそう!」ネッサが、笑った。
『——女神はん!』アルファが、ケーキに、飛び込みながら、言った。『甘いもん、最高やろ!?』
『ええ、最高よ、アルファ!』女神が、アルファと、一緒に、ケーキを、堪能した。
「……女神様が、アルファと、ケーキの、取り合いを、してる」ヴィナが、呆れたように、笑った。
「神々しさが、台無しだな」ライナが、ぼそりと、言った。だが、その顔は、笑っていた。
『聞こえてるわよ』女神が、頬を、膨らませた。
『でも——いいの。だって、こんなに、楽しいんだもの。天上で、一人で、世界を見守っているより
——あなたたちと、こうして、笑い合う方が、ずっと、幸せ』
女神の、その言葉に——みんなが、温かい気持ちに、なった。
神々しくて、でも、どこか、可愛くて。甘いものに、目がなくて。みんなと、笑い合うのが、好きな女神。
アステリアに——また一つ、温かい縁が、結ばれた。
六 女神の、忠告
宴も、終わりに近づいた頃。
女神が、ふと、表情を、少しだけ、引き締めた。
『アルク。——楽しい時間に、水を差すようで、ごめんなさい』女神は言った。『でも、一つだけ、伝えておくわ』
「なんですか?」アルクは言った。
『地底帝国ネブロス』女神は言った。『わたしの防壁が——最近、少し、揺らいでいるの。ネブロスの力が、また、強くなってきている』
「防壁が……」アルクは言った。
『近いうちに——防壁の、綻びから、ネブロスの魔獣が、地上に、漏れ出すかもしれない』女神は言った。『そのときは——気をつけて。アステリアの、人々を、守って』
「わかりました」アルクは言った。「備えて、おきます」
『あなたたちなら、大丈夫』女神は、微笑んだ。『でも——油断は、しないで。ネブロスの魔獣は——あなたたちが、今まで戦ってきた、どんな魔物とも、違う。澱みの、根源から、生まれた、古き、強大な、存在だから』
女神の言葉に、一同が、少し、引き締まった。
『さあ、暗い話は、これでおしまい』女神は、明るく、言った。『今夜は、楽しみましょう。——ネッサ、もう一つ、ケーキを、いただける?』
「もちろんです!」ネッサが、笑った。
女神の警告は、心に、留めつつ。
その夜は——温かく、更けていった。
だが——アルクは、感じていた。
平和な日々の、向こうに。
少しずつ、近づいてくる、何かの、気配を。




