第百一話 王が、確信したこと
一 戦いの、あとで
帝国との戦いが終わって、ひと月が経った。
いや——正確には、ガルディア帝国との、戦いが。
二百年、世界を脅かし続けた、ガルディア帝国。その皇帝ガルゼスと、アルクは、思想をぶつけ合い——最後には、和解した。今、世界は、長い澱みの時代を抜けて、穏やかな光の中にあった。
ヴォルタは、すっかり、平和を取り戻していた。アルクたちも、束の間の、休息を、楽しんでいた。
そんなある日、王都クロシアから、一通の使者が、屋敷を訪れた。
セレナ王からの、招きだった。
「セレナ王が、俺を?」アルクは、その書状を、読みながら、言った。
「なんて、書いてあるんですか?」ネッサが、覗き込んだ。
「『賦活師として完成したお前に、どうしても、伝えておかねばならぬことがある』」アルクは、読み上げた。「『王家の伝承の、核心に関わることだ。——今こそ、その時が来た。会いに来てほしい』——と」
「伝承の、核心……」ヴィナが、呟いた。
「以前、セレナ王には、いろいろと、教えてもらった」アルクは言った。「賦活師の、本当の力のこと。ヴァルゴが、ロスの友だったこと。——でも、あのときは、まだ、語られなかったことが、あるらしい」
「『今こそ、その時』」ネッサが、繰り返した。「なんだか——大事な、話みたいですね」
「ああ」アルクは、頷いた。「行ってみよう。——戦いも、終わったんだ。今なら、ゆっくり、話せる」
二 再会
王都クロシアは、活気にあふれていた。澱みの脅威が去り、人々の顔には、笑顔が戻っていた。
セレナ王は、すっかり健康を取り戻し、自分の足で、アルクを迎えた。
「よく来てくれた、アルク」セレナ王は言った。「お前と、こうして、穏やかに会える日が来るとは。——夢のようだ」
「セレナ王」アルクは言った。「お元気そうで、何よりです。——書状を、いただきました。『今こそ、その時が来た』と」
「ああ」セレナ王は、頷いた。深い、感慨を込めて。「以前、お前に会ったとき——私は、賦活師の真実や、ヴァルゴのことを、語った。だが、あのときは、まだ——語れなかったことが、一つ、あった」
「語れなかったこと?」アルクは言った。
「正確には——語る、確信が、持てなかったのだ」セレナ王は言った。「王家にだけ伝わる、最も古く、最も重い、伝承。——それが、本当に、現実になるのか。あのときの私には、まだ、わからなかった」
「でも、今は——」
「今は、違う」セレナ王は、アルクを、まっすぐ見た。「お前は、賦活師として、完成した。——だから、今こそ、伝えられる」
セレナ王は、アルクを、王宮の奥——王家だけが入れる、古い祈りの間へ、案内した。
「ここで、話そう」セレナ王は言った。「王家にだけ、伝わる、賦活師の伝承の——その、最後の、核心を」
三 王が、確信したこと
「実はな、アルク」セレナ王は言った。「以前、お前に会ったとき——私は、この話を、しようか、迷っていた」
「迷って、いた?」アルクは言った。
「王家の伝承には、最後に、こうある」セレナ王は、古い言葉を、口にした。「『賦活師が完成せしとき、世界の裏側への扉、開かれん』——と」
「世界の、裏側……」アルクは言った。
「だが、この一節は、長く——ただの、古い詩のようなものだと、思われてきた」セレナ王は言った。「賦活師が、本当に完成するなど、長い間、誰も見たことが、なかったからだ。だから、以前のお前に会ったときも——私は、この伝承を、口にするのを、ためらった。確信が、持てなかったのだ。完成もしていない賦活師に、『世界の裏側』などと語っても、徒に、重荷を、負わせるだけだと」
「だから、あのときは——語らなかった」アルクは言った。
「そうだ」セレナ王は、頷いた。「だが、今は、違う」セレナ王は、アルクを、まっすぐ見た。「お前は——本当に、賦活師として、完成した。封印石を空にし、ガルゼスと和解し、五体の守り手を、揃えた。——伝承が、現実に、なったのだ」
セレナ王の声に、確信が、宿った。
「だから、今なら、はっきりと、言える」セレナ王は言った。「アルク。お前が完成した、今——『世界の裏側への扉』が、開く。それは、決して、比喩ではない。——文字通りの、扉だ」
四 扉の、意味
「世界の裏側、とは、何ですか」アルクは言った。
「伝承は、こう続く」セレナ王は言った。「『裏側には、すべての澱みの、根源、眠れり。完成せし賦活師のみ、それに、抗える』——と」
「澱みの、根源……」アルクは、息を呑んだ。
「考えても、みよ」セレナ王は言った。「この二百年、世界を蝕んできた澱み。それは、どこから、来ていたのか。ガルゼスですら——澱みを利用することはできても、その、源までは、辿り着けなかった」
「源が——世界の裏側に、ある?」
「そうだ」セレナ王は言った。「お前が、各地を浄化し、封印石を空にしても。澱みは、完全には、消えなかっただろう」
「……ええ」アルクは言った。「薄くはなった。でも——完全には、消えていない」
「それは、根源が、まだ、生きているからだ」セレナ王は言った。「世界の裏側に。——そして、その根源に、抗えるのは。完成した賦活師——お前だけ、なのだ」
アルクは、しばらく、黙っていた。
「俺は——その、裏側へ、行くべきなんですね」アルクは言った。
「それは、お前が、決めることだ」セレナ王は言った。「私は、ただ、伝承を、伝えるだけ。——だが、一つだけ、言わせてくれ」
セレナ王は、アルクの肩に、手を置いた。
「お前は、もう、十分に、戦った」セレナ王は言った。「誰も、お前に、これ以上を、強いる権利は、ない。——だから、行くにしても、行かぬにしても。お前の、心のままに、決めてくれ」
「セレナ王……」
「お前は、世界を、救った」セレナ王は言った。「その上で、まだ、世界の裏側まで——背負う必要は、ないのだ。それを、忘れるな」
五 仲間と
ヴォルタへ戻り、アルクは、仲間に、全てを話した。
世界の裏側への扉。澱みの根源。そして——完成した賦活師だけが、それに抗えること。
「行くんだろう?」ヴィナが、真っ先に、言った。
「ヴィナ……」
「お前のことだ」ヴィナは、笑った。「『澱みの根源が、まだ人々を苦しめてる』と、聞いて——放っておけるわけが、ない」
「……ああ」アルクは言った。「でも、これは、俺の使命だ。みんなを、巻き込むわけには——」
「巻き込まれてやる」ガドルが、豪快に、言った。「水くさいこと、言うな」
「あたしたちは、仲間です」ネッサが言った。「アルクさんが、行くなら——あたしたちも、行きます!」
「当然だ」リィナが言った。「データ的にも、私が、必要なはずです」
「俺も、行く」バルガが言った。「お前を、守るのが、俺の役目だ」
「俺もだ」カインが言った。
そして——ライナが、静かに、言った。
「俺も、行く」ライナは言った。「今度は——最初から、お前の、仲間として」
「みんな……」アルクは、胸が、熱くなった。
「決まりだな」ヴィナが言った。「——で、その扉ってのは、どこにあるんだ?」
「それなんだが」アルクは言った。「ルミ。屋敷の、最奥の扉——あれが、そうじゃないか?」
「うん」ルミが、頷いた。「あの扉——賦活師が完成して、開きかけてる。きっと、あれが、『世界の裏側』への、入り口だよ」
「行ってみよう」アルクは言った。「みんなで」
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