EP.3 2週間後
「おはようございます」
「おう、おはよう」
波乱の着任日から2週間。出勤すると当直の第三小隊は既に帰った後だった。
第一小隊は半分くらい出勤している。今何か起こったらどうするんだ。
そんなことを考えながらオフィスの自分の席に座る。
支給品の安いノートPCを開き、一昨日自分で持ち込んだワイドモニターに繋ぐと、2週間前のワーカー暴走事件の調査報告書が表示された。
「そういえば昨日読みかけだったな……」
51ページにも及ぶ報告書を読んでいたところまでスクロールして、続きを読み始める。
違法改造部品の項目を見ると、例のモーターの他にもいくつか細かいセンサーや補助モーターが非適合製品に置き換えられていた。
しかし、例のモーターは純正品と比べてパワーが170%、応答速度は300%まで向上する高性能品らしいのだが、他のものと違いなぜか製造経路も流通経路も「不明」となっていた。
先週隊長が言っていたことが本当なら、ブラックマーケットで取引される製品の中でも高性能なものは外部に情報が漏れやすいはずなのにもかかわらずだ。
「これで済ませていいのかよ……」
思わず独り言が漏れる。
「何見てるの?」
「うわっ、倉橋さんいつから居たんですか……今見てるのは2週間前の事件の報告書です」
背後から声。振り返るとオフィスチェアに逆向きに座った倉橋が後ろから覗き込んできていた。
「昨日も見てなかった?真面目だねぇ」
「内容が薄いのに無駄にページ数が多いのが悪いんですよ、読みたくて読んでる訳じゃないです」
「諦めろ、お役所なんてそんなもんだ」
いつの間にか八崎も会話に入ってきた。この人無愛想に見えて意外と雑談好きなのか?
「分かってますけどね、交番にいた頃はもっと報告書薄かったで……」
『装脚重機2機の衝突事故の通報。場所は青海四丁目。装脚重機対処部隊は直ちに出動せよ。繰り返す、装脚重機対処部隊は直ちに出動せよ』
アラームと放送に話を途中で遮られた。出動だ。
「ただの事故処理だ、4人でいい、直ちに出動!急げ!」
オフィスの奥の隊長室から白石隊長が出てくる。
こういう案件だと現場検証要員として大体自分が駆り出されるのだが……
「ほら行くよ堀河君!」
「あ、はい!」
やっぱりだ。
ノートPCを閉じ、急いで倉橋の後を追う。
駐車場に出ると、白地に青いラインが入ったクロスカントリーSUV、機動隊標準の”災害活動用高床バン型車”をもとに改造した車両である”小型装脚重機対策警備車”に、倉橋、八崎とドライバー担当の大井が乗り込むところだった。
「早く乗らないと置いてくぞ!」
「今乗ります!」
後部座席に駆け込んでシートベルトを締める。
急発進。大井の運転だけはいつまで経っても慣れない。
数分後、事故現場となった倉庫が立ち並ぶエリアの一角に到着した。
倉橋がすぐ近くにいた機動捜査隊所属らしい私服姿の警察官に状況を聞く。
「状況は?」
「停止中のワーカーに作業中のワーカーが衝突したそうです。搭乗者は確保済みで、あちらで事情聴取を受けています」
彼に指された方向を見ると、作業服姿の中年男性が刑事相手に大声でなにやら話していた。
「勝手に動いたんだ!俺はこんな操作してないんだよ!信じてくれよ刑事さん!」
「またそれか……」
それを聞いた倉橋が小さく言う。
確かにこの2週間でも、出動した9件のうち4件で搭乗者は同じようなことを言っていた。
恐らく、というか間違いなく単純な操作ミスの言い訳だろうが、やはりどうしてもデジャヴを感じてしまう。
「堀河、機体見てこい」
「あ、了解です」
八崎に言われて停止したワーカーの傍に寄る。機種は二菱重工のFL-3A。マルチワーカーとしては国内シェアでトップ5に入る人気機だ。
脚部から順にチェックしていくと、両腕が明らかにおかしかった。
本来この機体の腕部は油圧駆動であり、外部にシリンダーが露出しているはずなのだが、その部分に不自然なカバーがかかっていたのだ。
そして腕部の外装が数ミリ浮いている。
「あれ、これってもしや……」
持参してきた工具セットからレンチを取り出して外装を外してみる。
やはり部品の大きさが合わずボルトがしっかり締まっていないようで、簡単に取り外せた。
ボルトをすべて外して外装部品を取り外すと、そこにあったのは、明らかにサイズが合っていない、見覚えのあるリニアモーター式のアクチュエータだった。
「やっぱりか……」
2週間前の機体にあった高性能な非適合のリニアモーター式アクチュエータ。
今回も、やはりメーカー表示はない。
「八崎さん!こいつ、違法改造機です!」
「またか?最近多いな」
八崎が覗き込んでくる。
「こないだのと同じやつか。回収だな、担当に渡しとけ。あと、コックピットのチェックも忘れずにな」
「了解です」
ドライバーでモーターを取り外して車に積んであったコンテナボックスに入れ、担当の刑事に渡す。
書類にサインした後ワーカーに戻り、機体の脚や腕に設けられた取っ手を伝ってコックピットに入る。
「随分とキレイに使ってるな……」
FL-3Aをはじめとした二菱重工のワーカーにはシステムのみを動かす独立電源が備わっているので、コックピット下のスイッチを使ってそれを起動する。
上側から乗降するタイプのワーカーの利点は、ハッチが開いていてもコックピットのモニターを使えることだ。スイッチが入ると、起動音と同時に目の前のモニターに”FUTATSUBISHI Worker”と書かれた起動画面が表示される。
数秒後には、同型機と何も変わらないユーザーインターフェースが表示された。
「OS起動に異常なし……と。システム見てる時間はなさそうだな」
画面の端の時計を見ると、臨場からかなり時間が経っていた。この手の現場検証は早く終わらせないと現場周辺の施設からクレームが入るため、マニュアルで撤収までの時間が定められている。
もう少し現場検証を続けたかったが、仕方ないので電源を落とし、起動用USBを取り外し持ってきていた袋に入れて外に出る。
「そろそろ撤収だ!」
「あ、いま行きます!」
小走りで車に乗り込む。
後部座席に座りシートベルトを締めてから、回収してきたUSBをタブレットPCに繋いでみると、何の変哲もないログが表示された。
「よし、これで……うわっ!」
急発進でついタブレットPCを落としてしまった。
だからこの人もう少しましな運転はできないのか。
つづく
小型装脚重機対策警備車のモチーフは、ランドクルーザープラドの災害活動用高床バン型車です。




