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帳の外  ―まだ、俺のものじゃない―  作者: 佐和井 泥
第一話 踊り子は足を返さない

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6/10

1-6

 日が傾く前に、俺は鷺(さぎ)さんと劇場を出た。脚が動く場所を、歩いて探す。


 見るのは、脚そのものじゃない。義足に通りはないからだ。金属と樹脂に、流れるものなんかない。


 でも、人の側からは流れ込んでいる。継ぎ目のところまでは来ていて、その先へ行こうとしている。行ける場所と、行けない場所がある。


 事務所で見たとき、鷺(さぎ)さんの脚にはそれが爪先まで通っていた。うちの事務所は二丁目の外で、信号が届かないからだ。


 二丁目の中で信号を拾うと、それが太腿の継ぎ目で止まる。扉が閉まるみたいに。脚が動かなくなるのは、そのせいだ。


 だから、扉が開く場所を探せばいい。信号が届いていない場所。そこが、二丁目の本当の外だ。


 俺は鷺(さぎ)さんと並んで歩いた。劇場の正面から、表通りへ。


 閉まっている。


 角を曲がって、路地へ。


 やっぱり閉まっている。


「ここは」


「まだ駄目です」


 俺は言った。鷺(さぎ)さんは杖をついて、黙ってついてくる。歩くのが遅い。義足を動かしているんじゃなくて、義足を運んでいるみたいな歩き方。膝が曲がらないから、腰から振って前へ出すしかない。


 道を一本ずつ潰していった。


 東側の階段。閉まっている。荷車の置き場。閉まっている。呉服屋の跡地の空き地は、地図では三丁目のはずなのに、真ん中まで入っても開かなかった。


 途中で鷺(さぎ)さんが一度、壁に手をついた。


「すみません。少し」


「休んでいい」


 俺は待った。


「……お名前、聞いてませんでした」


「ハル」


「ハルさん」


 さん付けで呼ばれたのは、たぶん初めてだ。


 二丁目の端を一周するのに、一時間くらいかかったと思う。日が傾いてきて、路地の色が変わっていく。鷺(さぎ)さんの息はずっと浅かった。止まった脚を運ぶのは、動く脚で歩くより重い。


 途中でもう一度だけ、鷺(さぎ)さんが訊いた。


「あなたも、どこか入れてるんですか」


「入れてない」


「そう」


 それだけだった。


 この街で十七にもなって一箇所も入れていないというのは、たぶん珍しい。理由を訊かれることが多い。この人は訊かなかった。


 最後に、劇場の裏手へ回った。


 搬入口の前。閉まっている。


 そこから十歩ほど奥。


 ごみ箱の並んだ、狭い路地。


 開いた。


 継ぎ目の扉が、音もなく開いた。膝を越えて、脛を通って、爪先まで。


「ここ」


 俺は言った。


 鷺(さぎ)さんが止まった。


「……立ってる感じが、違います」


 一歩、下がる。


 閉まる。


 一歩、前へ。


 開く。


 境目は、ごみ箱の三つ目の前を斜めに走っている。俺は鞄からチョークを出して、しゃがんだ。濡れたアスファルトに線を引く。四メートルくらい。途中で二回、確かめ直した。


 四メートルの線。


 鷺(さぎ)さんが線を越えた。


 そして、回った。


 片脚で立って、もう片方を上げて、一回だけ。コートが遅れて回る。着地の音が、思ったより軽い。


 止まったとき、鷺(さぎ)さんは自分の膝を両手で押さえていた。泣きそうな顔をしていて、泣かなかった。


「十二年、毎日触ってたのに」


 息が切れている。一回回っただけで。


「わたし、この脚のこと、何も知らなかったんですね」


 俺は何と言えばいいかわからなかった。


「ハルさんには、何が見えてるの」


 鷺(さぎ)さんが訊いた。


「あんたの脚に、あんたが届いてるかどうか」


 少し考えて、そう言った。たぶん正確じゃない。でも、それ以上うまい言い方を知らない。


 路地を見る。


 狭い。奥は行き止まり。濡れたアスファルト。ごみ箱が並んでいて、頭の上をネオンの反射が流れている。


 悪くない。たぶん、ここでいい。


 ここが舞台になる。


     *


 劇場に戻ると、親父が表で煙草をくわえていた。火はつけていない。金がないときは、くわえるだけにしている。


「あったか」


「あった。裏の路地。四メートル」


「四メートル」


「踊るには足りるって、本人が言ってる」


 親父は煙草をしまって、路地のほうを見る。それから、何も言わずに歩き出した。


 俺はついていった。


 親父は路地に入って、俺の引いた線をまたいで、また戻ってくる。線の手前で一度立ち止まって、両側のビルの壁を見上げる。非常階段の高さと、ごみ箱の並びと、入口の幅を、順番に見ていた。


「入口が一つだな」


「うん」


「なら塞げる」


 それだけ言って、親父は表通りへ出ていく。


 褒められるとは思っていない。実際、褒められなかった。


 ただ、あの人が壁を見上げた順番は、入口を塞ぐ人間の見方だった。


 俺が見つけた線を、使うと決めた人の見方でもある。


 そういうのは、たぶん、言葉より先にわかる。

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