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日が傾く前に、俺は鷺さんと劇場を出た。脚が動く場所を、歩いて探す。
見るのは、脚そのものじゃない。義足に通りはないからだ。金属と樹脂に、流れるものなんかない。
でも、人の側からは流れ込んでいる。継ぎ目のところまでは来ていて、その先へ行こうとしている。行ける場所と、行けない場所がある。
事務所で見たとき、鷺さんの脚にはそれが爪先まで通っていた。うちの事務所は二丁目の外で、信号が届かないからだ。
二丁目の中で信号を拾うと、それが太腿の継ぎ目で止まる。扉が閉まるみたいに。脚が動かなくなるのは、そのせいだ。
だから、扉が開く場所を探せばいい。信号が届いていない場所。そこが、二丁目の本当の外だ。
俺は鷺さんと並んで歩いた。劇場の正面から、表通りへ。
閉まっている。
角を曲がって、路地へ。
やっぱり閉まっている。
「ここは」
「まだ駄目です」
俺は言った。鷺さんは杖をついて、黙ってついてくる。歩くのが遅い。義足を動かしているんじゃなくて、義足を運んでいるみたいな歩き方。膝が曲がらないから、腰から振って前へ出すしかない。
道を一本ずつ潰していった。
東側の階段。閉まっている。荷車の置き場。閉まっている。呉服屋の跡地の空き地は、地図では三丁目のはずなのに、真ん中まで入っても開かなかった。
途中で鷺さんが一度、壁に手をついた。
「すみません。少し」
「休んでいい」
俺は待った。
「……お名前、聞いてませんでした」
「ハル」
「ハルさん」
さん付けで呼ばれたのは、たぶん初めてだ。
二丁目の端を一周するのに、一時間くらいかかったと思う。日が傾いてきて、路地の色が変わっていく。鷺さんの息はずっと浅かった。止まった脚を運ぶのは、動く脚で歩くより重い。
途中でもう一度だけ、鷺さんが訊いた。
「あなたも、どこか入れてるんですか」
「入れてない」
「そう」
それだけだった。
この街で十七にもなって一箇所も入れていないというのは、たぶん珍しい。理由を訊かれることが多い。この人は訊かなかった。
最後に、劇場の裏手へ回った。
搬入口の前。閉まっている。
そこから十歩ほど奥。
ごみ箱の並んだ、狭い路地。
開いた。
継ぎ目の扉が、音もなく開いた。膝を越えて、脛を通って、爪先まで。
「ここ」
俺は言った。
鷺さんが止まった。
「……立ってる感じが、違います」
一歩、下がる。
閉まる。
一歩、前へ。
開く。
境目は、ごみ箱の三つ目の前を斜めに走っている。俺は鞄からチョークを出して、しゃがんだ。濡れたアスファルトに線を引く。四メートルくらい。途中で二回、確かめ直した。
四メートルの線。
鷺さんが線を越えた。
そして、回った。
片脚で立って、もう片方を上げて、一回だけ。コートが遅れて回る。着地の音が、思ったより軽い。
止まったとき、鷺さんは自分の膝を両手で押さえていた。泣きそうな顔をしていて、泣かなかった。
「十二年、毎日触ってたのに」
息が切れている。一回回っただけで。
「わたし、この脚のこと、何も知らなかったんですね」
俺は何と言えばいいかわからなかった。
「ハルさんには、何が見えてるの」
鷺さんが訊いた。
「あんたの脚に、あんたが届いてるかどうか」
少し考えて、そう言った。たぶん正確じゃない。でも、それ以上うまい言い方を知らない。
路地を見る。
狭い。奥は行き止まり。濡れたアスファルト。ごみ箱が並んでいて、頭の上をネオンの反射が流れている。
悪くない。たぶん、ここでいい。
ここが舞台になる。
*
劇場に戻ると、親父が表で煙草をくわえていた。火はつけていない。金がないときは、くわえるだけにしている。
「あったか」
「あった。裏の路地。四メートル」
「四メートル」
「踊るには足りるって、本人が言ってる」
親父は煙草をしまって、路地のほうを見る。それから、何も言わずに歩き出した。
俺はついていった。
親父は路地に入って、俺の引いた線をまたいで、また戻ってくる。線の手前で一度立ち止まって、両側のビルの壁を見上げる。非常階段の高さと、ごみ箱の並びと、入口の幅を、順番に見ていた。
「入口が一つだな」
「うん」
「なら塞げる」
それだけ言って、親父は表通りへ出ていく。
褒められるとは思っていない。実際、褒められなかった。
ただ、あの人が壁を見上げた順番は、入口を塞ぐ人間の見方だった。
俺が見つけた線を、使うと決めた人の見方でもある。
そういうのは、たぶん、言葉より先にわかる。




