↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帳の外  ―まだ、俺のものじゃない―  作者: 佐和井 泥
第一話 踊り子は足を返さない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

1-2

 すぐ下の窓の向こうで、何かが割れた。


 覗くと、カウンターが半分なぎ倒されている。立っているのは作業用アームを入れた男だ。四十くらいで、泥のついた作業着を着ている。右腕は旧型の、肘から先が丸ごと鉄のやつ。顔が赤い。酔っている。アームの駆動音が酔っ払いの息みたいに不規則に鳴る。


 店主は隅で、まだ端末を握りしめている。小柄な年寄りで、白い前掛けに焼き鳥のたれの染みがついている。うちを呼んだのは、この人だ。


 親父が入ってくる。


 うちの親父は見上げるほど大きい。二メートルを少し超える。トロールの例に漏れず、立っているだけで場所を取る。肌は灰色がかっていて、雨に濡れた石みたいな色をしている。額の両脇から太い角が二本、後ろへ反って伸びている。左の角は先が欠けている。角は削っていない。笑うと下顎から牙が見える。隠さない。そういうものだと思っているらしい。


 右腕は、肩から先が工業用の古い義体だ。生身の腕より一回り太くて、塗装がところどころはげている。革の上着は右の袖だけ肩から切り落としてある。その腕が袖に入らないからだ。


「うちの店で暴れんなよ」


 親父が言う。うちの店じゃない。


 男がアームを上げる。


 俺は、男の腕の継ぎ目を見る。


 説明が難しいんだけど、義体と生身のあいだには境目がある。人の身体には流れているものがあって、義体はそれを自分では持っていない。持ち主の側から継ぎ目を越えて流れ込んで、それでやっと動く。俺にはその流れが見える。見えるだけだ。触らなくてもわかる、というだけの話。


 身体を流れているそれを、この街では通りと呼ぶ。通りがいい、通りが悪い、という言い方をする。義体を入れるほど、通りは薄くなる。


 男のアームは肘の継ぎ目が荒れている。ずいぶん無理な使い方をしてきたらしい。


 型も古い。指の関節が三つしかない。今のやつは五つある。三つだと握力の調整ができないから、掴んだものをよく壊す。


 こういう腕の人は、この辺りに何人もいる。安いからだ。


 親父の右腕も見る。


 肩から先の流れが、いつもより細い。三番通りは地図でいう黄色の区画で、非適合の義体は七割までしか力が出ない。親父の右腕は先月から非適合だ。


「右、七割」


 俺は階段の上から叫んだ。


 親父は振り向きもしない。


「来るなと言った」


「来てない。通りかかった」


「三階の非常階段を通りかかる奴がいるか」


「いま通りかかった」


 振り下ろされるアーム。


 親父は右で受けなかった。左肩を入れて、そのまま前へ出る。トロールの身体は重い。義体で殴るより体重で押すほうが速いときがある。


 アームが空を叩く。男がカウンターに沈んだ。親父が男の肘を掴んで床へ伏せる。


 三秒。


 店の中で誰かが息を吐いた。感心したわけじゃないと思う。早く終われと思っていたほうだろう。


 男が起き上がった。自分のアームを見て、それから店主のほうへ何か言う。謝ったんだと思う。声が小さくて聞こえなかった。


 親父は止めなかった。男が出ていくのを、ただ見ている。


 こういうとき、親父は相手を警察に渡さない。渡せば、その人はこの辺りに二度と戻れなくなるから。


「いくらだ」


 店主が訊く。


「五万」


 店主の顔が白くなった。


 五万は、たぶんこの店の一晩の売上より多い。


「……あの」


「……ツケでいい」


 親父はそう言って、もう外を見ている。


 店主が奥から紙袋を持ってきた。焼き鳥が五本。


「これしか」


「もらう」


 親父は袋を受け取って店を出ると、非常階段の下から上へ放った。俺はそれを片手で取る。まだ熱い。焼きたてらしい。


 帰り道、街灯の下で帳面を開いた。どこでも書けるように、いつも鞄に入れてある。


 三番通り 寿(ことぶき)


 未収 五万


 受領 焼き鳥(五本)


 この五年、帳面は未収の行ばかり増えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。