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親父の身体は、ほとんど親父のものじゃない。
右腕は東央信販のもので、左脚は保険会社のもの。脊椎の補強は、三年前に潰れた会社の債権を誰かが買った。心臓の補助ポンプが今どこの持ち物なのかは、俺も知らない。書類の名前が三回変わったあたりで追うのをやめた。
親父の中で親父のものなのは、たぶん左手と、顔と、口の悪さくらいだと思う。
親父が特別なわけじゃない。ネオ新宿では、身体を分割で買う。腕でも脚でも目でも、頭金を入れて、あとは月々。払い終わるまで、それは自分のものじゃない。当たり前の話で、誰も疑問に思わない。冷蔵庫と同じだから。
ただ、冷蔵庫は持っていかれても飯が作れなくなるだけで済む。
分割払いのほかに、身体を取り上げられる理由がもう一つある。規格だ。
義体には安全基準があって、何年かごとに更新される。更新されると、古い型は旧規格になって、非適合という扱いを受ける。
非適合になっても、すぐに外されるわけじゃない。先に、使える場所が減る。
ネオ新宿は、細かい区画に分かれている。丁目ごとに、ところによっては通り一本ごとに。人が多い区画や、事故が起きたら大ごとになる区画では、非適合の義体は使えない決まりだ。
区画の境目には、信号を出す柱が立っている。非適合の義体はその信号を拾うと、止まるか、力が落ちる。区画の中にいるあいだはずっとそうで、外へ出れば元に戻る。
何がどれだけ止まるかは、区画ごとに違う。脚は転ぶと危ないから、人の多い区画では真っ先に止められる。腕は、力が落ちるだけで済むことが多い。
だから非適合の脚を入れた人は、決められた区画に一歩入ったところで脚が棒になる。膝が固まって、杖がないとまともに歩けない。一歩出れば、また歩ける。
そうやって使える場所が一つずつ減っていって、最後に期日が来て、外される。
誰も殴らない。誰も撃たない。書面が届いて、工場へ運ばれて、外される。それだけ。
どの区画で何が止まるかは、全部地図になっている。この街の子どもは、六歳になるとその地図を配られる。
色分けした紙で、赤いところでは止まる部位がある。黄色では力が落ちる。青は夜だけ止まる。みんな筆箱に入れて持ち歩く。親の身体がどの色の中で止まるかを、子どもが先に覚える。
俺は持ち歩かなかった。地図がなくても、止まりかけている身体は見ればわかるから。
そう言ったら変な顔をされたので、それきり言わないことにしている。
ただ、この目は、うちの商売ではときどき役に立つ。
うちは、ネオ新宿で鷲津警備という看板を出している。
看板には警備と書いてあるけど、やっているのは用心棒だ。店で暴れる客を止める。取り立てが来るのを止める。止まらないときは親父が間に入る。依頼はたいてい夜に来る。電話は俺が取って、値段は親父が決める。
金は、入らない。
それでも依頼が途切れないのは、ここがネオ新宿だからだと思う。
昔はただの新宿と呼ばれていたらしい。何度か燃えて、何度か建て直されるうちに、頭にネオがついた。俺が生まれたころには、もうそう呼ばれていた。
街の真ん中に、白い塔が立っている。医療タワーだ。夜になっても窓が全部白く光っていて、ネオ新宿のどこにいても見える。あそこで人の身体が直されて、新しい部品が作られて、規格が決まる。
塔から離れるほど、街は安くなる。表通りには認可のクリニックと義体屋が並んでいて、ショーウィンドウに新品の腕や脚が飾ってある。一本裏へ入ると、無認可の調整師の工房と、外した部品を売る中古屋。そのあいだに、飲み屋とホテルと、夜しか開かない店が隙間なく詰まっている。
夜通し明るい街だ。ただ、その明るさは広告と手術灯の明るさで、人が暮らしている灯りじゃない。どこへ行っても、消毒液と焼けた樹脂と香水が混ざった匂いがする。
直す街で、飾る街で、売る街。直せば借金ができて、飾れば目をつけられて、売るものがなくなった人から順に揉める。用心棒の仕事がなくなることは、たぶん一生ない。
今夜の依頼は、三番通りの飲み屋からだった。酔った客が暴れているという電話を俺が取って、親父が出ていった。
三番通りは歓楽街の外れで、看板の半分は文字が欠けている。夜になると義体屋の窓が青く光る。割れた舗装。錆びた庇。路地に流れてくるのは、焼き鳥の脂と、潤滑油と、人の体温の匂い。この三つが混ざったやつが、たぶん俺にとっての家の匂いだ。
俺は、その飲み屋の裏の非常階段にいた。店は二階で、俺がいるのは三階の踊り場。手すりが錆びていて、触ると手が赤くなる。
本当は、事務所で電話番をしているはずだった。親父にはいつもそう言われている。




