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帳の外  ―まだ、俺のものじゃない―  作者: 佐和井 泥
第二話 義眼は前の持ち主を見ている

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2-4

 店の奥で背中を丸めて、鑢(やすり)さんは何かの関節を磨いていた。


 ドワーフだ。背は俺の胸くらいしかないのに、横幅は俺の倍はある。腕は丸太みたいに太くて、革の前掛けの下から樽のような胴が張り出していた。白い髪を短く刈り込んでいて、頭の形がそのまま見える。指は太くて短い。爪のあいだに黒い油が入り込んだまま、取れなくなっている。


 右目には筒のついた拡大鏡が入っていた。真鍮(しんちゅう)色の短い筒が目の穴から少しだけ前に突き出している。こっちを向くと、筒の中でレンズの回る小さな音がした。


 その目の継ぎ目は、古いのにきれいだった。何十年も同じ場所に収まっていて、流れがもう筒の縁まで馴染んでいる。


 年はわからない。ドワーフの年は見た目で数えないほうがいい、と親父が前に言っていた。


 棚に並んでいるのは、ほかの店より古い部品ばかりだった。どれも磨いてあって、値札の字が細かい。部品ごとに、小さな紙の札が針金で留めてある。外した年と、外した場所。


「客かい」


「客じゃない。訊きたいことがある」


「なら客じゃないね」


 関節を磨く手は止まらない。


「鷲津(わしづ)んとこの息子です」


 筒がこっちを向いた。レンズが回って、止まる。


「だろうね。骨があの男と同じだ」


 そう言って疑われなかったのは、初めてだった。


 似ているのは骨くらいだと、自分でも思っている。その骨を、この人は見ただけで見分けた。


 何を言いに来たのか、一瞬忘れた。


「……この子の目を見てほしい。どこから来たのか」


 鑢(やすり)さんは磨いていた関節を置いて、コウを手招きした。


 コウが俺の後ろから出ていく。鑢(やすり)さんはコウの顎を太い指で軽く持ち上げて、右目に拡大鏡の筒を近づけた。外さない。覗くだけ。筒の中でレンズが何度か回る。


「回生(かいせい)の箱だね」


「消去済みのやつ?」


「消去済みって札がついてるやつだよ」


 太い指がコウの目の縁を示した。


「ここに刻印がある。外した工場の刻印だ。回収品なら、工場の刻印と回収の刻印で二つ入る。この目は一つしかない」


「つまり」


「自分で返しに来た目だよ。誰にも取られてない。持ち主が自分の足で工場の窓口まで来て、外させた」


 コウが少し身じろぎした。


「刻印は七丁目の工場だね。あそこの機械は外すときに、縁に爪の痕を三つ残す。……それと」


 筒がまた回る。


「大人の女の目だ。子ども用に縁を削って詰めてある。腕のいい奴の仕事じゃないね。色も合ってない」


「女の人の目なの」


 コウが訊いた。鑢(やすり)さんはコウの顎から手を離した。


「前はね。今はあんたのだ。払ったんだろ」


 コウはうなずいて、右目に手を当てた。何か確かめるみたいに。


「前の人の住所は、わかる?」


 俺が訊くと、鑢(やすり)さんは鼻を鳴らした。


「部品は住所なんか覚えてないよ。覚えてるのは、どこの工場で、どの機械で、どんなふうに外されたかだけだ」


 店の奥の脚のことを訊いたのは、そのあとだった。訊くつもりはなかったのに、口が先に動いた。


「あの脚」


「ああ。常磐座(ときわざ)の踊り子のだよ」


 鑢(やすり)さんは振り向きもしなかった。


「いい脚だ。毎晩磨いてた脚だよ。外した痕もきれいだった。外すほうも、気を遣ったんだろうね」


「いくら」


「あんたの親父が逆立ちしても無理だね」


 知ってる、と思った。値札は見た。


「……あんたの親父の右腕も、昔うちの棚にあったよ」


 俺は鑢(やすり)さんを見た。


 鑢(やすり)さんはもう関節磨きに戻っていた。それ以上は言わない顔。


 拡大鏡の目の継ぎ目を、俺はもう一度見た。何十年も馴染んだ、きれいな継ぎ目。


「それ、自分の?」


「あたしのは全部、あたしのだよ。現金で払った」


 布で関節を拭きながら、鑢(やすり)さんは続けた。


「外した部品はね、どこから来たか全部、顔に書いてある。持ち主のほうが先に忘れるんだよ」


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