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骨市は塔からいちばん遠いあたりにある。
古い高架の下。頭の上を一日に何十本も電車が通る。そのたびに鉄の骨組みが鳴って、天井から吊るした部品がいっせいに揺れる。
コウもついてきた。学校のない日で、明るいうちなら右目は何も見せない。ミツエさんは夜勤明けで眠らないといけなかったし、コウ本人も来たがった。自分の目がどこから来たのか、知りたいらしい。
八重ビルから骨市までは、歩いて四十分かかる。歩くほど、振り返ったときの塔が小さくなる。それにつれて通りの看板が手書きになっていく。
途中でコウが俺の顔を見上げた。
「お兄ちゃんは、どこも入れてないの」
鷺さんにも同じことを訊かれた。この街ではよく訊かれる。
「入れてない」
「なんで」
鷺さんはここを訊かなかった。
「合うのがない」
嘘じゃない。俺の骨はどこの会社の規格表にも載っていない。合う部品は特注しかなくて、特注はうちには一生縁のない値段だ。
コウは自分の右目に触った。
「ぼくのも、合ってないんだって」
今朝、俺が親父に話したのをソファで聞いていたらしい。寝たふりをするのは俺だけじゃない。
「でも、見えるからいい」
そう言ってコウは前を向いた。
高架の下に入ると、音が変わった。電車の音が頭の上から降ってきて、人の声は柱に跳ね返る。
この街では、外した部品は捨てない。
回収された腕も、自分で返した脚も、死んだ人の目も、最後はここへ戻ってくる。工場で外されて、まとめて買われる。洗って消して、値札をつけて次の人に売られる。
だからこの街の身体は、たいてい誰かのお下がりだ。
高架の柱と柱のあいだに、屋台が隙間なく並んでいた。裸電球。トタンの庇。客の通れる幅は、人が二人すれ違えるかどうか。
瓶がある。液体の中に目がいくつも浮いていて、てんでばらばらの方向を見ている。物干し竿には背骨の補強材が魚の骨みたいに並べて干してあった。木の箱には指が詰まっていて、一本いくらと書いた紙が縁に貼ってある。
呼び込みの声が高架の柱に跳ね返ってくる。腕あるよ、今年の型だよ。目、片方からでいいよ。値段は全部、手書きの札。
匂いは、古い潤滑油と消毒液と、どこかの屋台の揚げ物。
コウが俺の上着の裾をつかんだ。怖がっているのとは違うと思う。人が多いから、はぐれないように。
「指一本、三百円」
木の箱の前にしゃがんだ子どもが、俺たちに向かって言った。コウと同じくらいの年。自分の右手には小指がない。売り物の指を一本つまんで、自分の手の横に並べてみせる。
「合わせてやるよ。安くしとく」
裾を握るコウの手に、力が入った。俺は首を振って通り過ぎた。後ろで、その子がまた同じ口上を繰り返している。
俺の目には、骨市はいちばん暗い市場に見える。
並んでいるものに、流れるものが何もないからだ。外された部品はもう誰の身体でもない。腕も脚も目もただの物になって、電球の下で黙っている。明るいのは、それを買いに来た人間のほうだけ。
その人間のほうも、どこかしら暗い。片腕だけ暗い男が腕の棚の前で値札を一枚ずつめくっている。片脚の暗い女は脚の棚の前で立ち止まって、それから通り過ぎていった。ここに来る人はたいてい、自分に足りない部分の棚の前で足を止める。
親父の右腕もこういうところで買ったのかもしれない。ばらばらの店で、ばらばらの年に買い足した身体だ。どの部品がどこから来たのか、俺は知らない。
その暗い棚のあいだを、しばらく歩いた。
ある店の前で俺は足を止めた。
店の奥の壁に、銀色の脚が二本立てかけてあった。
太腿から下の、二本ぶん。足首の関節に細い油圧の管が二本ずつ通っている。古い型。鈍い銀色が電球の下でやわらかく光っていた。ほかの部品より傷が少なくて、継ぎ目のまわりが滑らかだった。
毎晩磨いていた人の脚だと、俺は知っている。
常磐座の裏の路地で、零時に外された脚だ。あれから二週間しか経っていない。外した部品はこんなに早く戻ってくるものらしい。
値札がぶら下がっていた。
数字を読んで、それから読まなかったことにした。うちにそれだけの現金があったことは、たぶん一度もない。
あと二年で自分のものになるはずだった脚に、知らない誰かの値段がついている。
鷺さんは今、どこで何をしているんだろう。車椅子で、どこかの部屋で。そこまで考えて、やめた。
コウは瓶の中の目を見ていて、こっちには気づいていなかった。
言わなかった。言っても、コウにはわからない。
脚の立てかけてあるその店の軒に、小さな木の札が下がっていた。焼きごてで、一文字だけ。
鑢。
親父の言っていた婆さんの店だった。




