第9話 因果応報の判決
関所での出来事から、六週間が過ぎた。
その間に、私は何度か調査官と会った。
退任までの経緯を話し、作業日誌と引継書を示した。両親側の代理人から質問される日もあった。
決して楽ではなかったが、毎回、一人で答え続ける必要はなかった。
話すべきことを終えると、工房へ帰る。
私の席には、続きの図面が待っていた。
結界塔の改修は、技師長たちと相談しながら進んだ。
一人が休んでも巡回が回るようになり、夜中の臨時出動も減った。
その成果を聞いた近隣の術師が、見学に来るようになっている。
今日は休日だった。
私はサンルームの窓際で、レナード様と法務官の説明を聞いていた。
「刑事事件の判決と、爵位に関する貴族院の処分が揃いました。双方の異議申立て期間も過ぎ、確定しています」
法務官が、要点をまとめた書類を広げる。
父は、防衛補助金の流用と虚偽報告、必要な補充を怠った責任を問われた。
母も、備蓄石の売却と代金の流用に関与したことが、商会の記録で認められている。
二人にはそれぞれ禁錮刑が言い渡され、父は爵位を剥奪された。流用分と被害の弁済のため、私有財産の差し押さえも行われる。
領地そのものを罰する処分ではなかった。
領民の暮らす土地は臨時管理下に置かれ、新しい管理体制が整うまで、徴税と防衛を帝国の担当官が預かるという。
「集落の結界も、引き続き維持されます」
その説明に、私は頷いた。
カシルには、連れ去り未遂、脅迫、関所の損壊を指示した罪で禁錮五年。
エレナにも、拘束環を持参して連れ去りを手助けしようとした責任が認められ、禁錮二年が言い渡された。
二人には私への接触禁止が命じられ、カシルは爵位の継承資格も失った。
侯爵家には、屋敷の門で叫んでいたような、何もかもを消せる力はなかった。
防衛事業への融資について、侯爵が虚偽の帳簿を知りながら資金を出した疑いが別途調べられている。ただし、その結論を今回の事件と混ぜて語ることはできない、と法務官は説明した。
「あなたご自身への未払い報酬については、会計調査で確認できた分から弁済を受けます」
帳簿には、私に支払ったことになっている報酬があった。
実際には、一度も受け取っていない。
無償なのが家族だと言っていた人たちは、外へ向けては、対価を払っている形を作っていたのだ。
「……分かりました。ありがとうございます」
法務官が退出してから、私は書類を閉じた。
喜べばよいのか、泣けばよいのか、分からなかった。
父に褒められたかった日のことも、エレナの髪を結ってあげた朝のことも、なくなりはしない。
だからといって、受けたことを忘れるつもりもなかった。
「これで、戻らなくていいのですね」
確かめるように言うと、レナード様が頷いた。
「ええ。判決が出る前から、その権利はありました。今は、それが公にも確かになった」
私は窓の外へ目を向けた。
中庭の木から、最後の葉が落ちかけている。
「今でも、夜に目が覚めることがあります」
「知っています。最近は、そのまま工房へ行かずに戻れる日も増えましたね」
ある夜、廊下で会った時、彼は何も聞かずに温かい水を持ってきてくれた。
別の夜は、私が彼の残業を止めた。
恐怖が消えるのを待つ間にも、私たちは少しずつ、互いの暮らしへ入り込んでいた。
休日に庭を歩くこと。
彼が苦手な甘い菓子を、私が少しもらうこと。
図面の端に描かれた鳥が、あまり鳥に見えなくて、二人で笑ったこと。
そういう時間が、もう私の中にある。
「今日は、午後まで何もしないつもりです」
私が言うと、レナード様は嬉しそうに目を細めた。
「では、一つだけ、個人的な話をしても?」
彼が椅子から立ち、私の前に膝をついた。
出てきた小箱を見た瞬間、胸が強く打った。
「判決のお祝いとしてではありません。ずっと、伝えたかったことです」
蓋が開く。
中には、小さな翠玉を留めた銀の指輪があった。
石は高く突き出ておらず、手袋をはめても引っかかりにくそうだ。
「一緒に店で見たものより、石が低いでしょう。仕事の邪魔にならないものがいいと、あなたが言っていたので」
半月前、散歩の途中で宝飾店を覗いた。
指の寸法まで測られて、その意味に気づかないふりをしたのは私だ。
それでも、こうして差し出されると、予想していた返事が喉につかえた。
「アリシア。私と結婚していただけますか」
彼の声が、わずかに揺れた。
「あなたと話せると、家へ帰った気がする。よい知らせも、腹の立つことも、真っ先に話したくなる。これから先も、その相手でいてほしい」
私は、彼が差し出していないほうの手も取った。
「はい。私も、レナード様と帰りたいです。同じ家へ」
言えた途端、涙がこぼれた。
彼が笑い、けれど自分も少し困った顔になる。
私は涙を拭って、言葉を続けた。
「一つだけ、お願いがあります」
「何でも」
「どちらかだけが無理をして、もう一人を幸せにしようとしないこと。つらい時は、言ってください。私も、言います」
レナード様が、しっかりと頷いた。
「約束します」
左手の薬指に、指輪が通された。
私はその手を見つめてから、彼の頬へ触れた。
今度は、私から口づけた。
短く触れただけなのに、離れた後、彼が目を閉じたままでいた。
「レナード様?」
「……少し、待ってください。想像していたより、ずっと嬉しい」
笑おうとして、また涙が出た。
彼が立ち上がり、私を抱きしめる。
窓の外で、庭師が落ち葉を集めていた。
塔の鐘が、昼を知らせる。
誰かの破滅を確かめなくても、ここには、私たちの幸せがあった。




