第8話 踏みにじられた代償
「武器を置け。これ以上の破壊行為は認めない」
壁際の通信盤に、門前の様子が映っていた。
二度目の警告に、門へ刃を差し込んでいた護衛が動きを止めた。
その足元へ、淡い光が走る。
関所の衛兵が防護の術式を起動し、外門の前にある小さな区画を囲ったのだ。
カシルが剣を振り上げる。
刃は、透明な壁に弾かれた。
私は壁際から回路の灯りを見た。
人を傷つけず足止めする結界は、出力を上げすぎると内側の人間を圧迫する。
一箇所、点滅が速い。
「東側の回路が揺れています。門の傷から魔力が漏れているのかもしれません」
衛兵が確認して頷いた。
「補修側へ流れを移します。こちらの計器を見ていただけますか」
私は窓から離れた操作台で、数値を読み上げた。
外へ出なくても、できることはある。
流れが整い、カシルたちを囲う光が静まった。
護衛二人が、ようやく剣を置いた。
年長の護衛はカシルの腕を押さえ、残った剣も地面へ下ろさせる。
「これ以上は、従えません」
その言葉に、カシルが顔を歪めた。
「父上に言うぞ。お前たちの家族まで――」
「ここでの言動は記録されています」
法務官が遮った。
「脅迫を重ねても、事実は変わりません」
武器が回収されてから、外門の脇の通用口が開いた。
レナード様は警備隊長と共に外へ出た。私は応接室に残り、扉の内側から彼の声を聞いていた。
「門の損壊と、アリシアへの連れ去りの指示を確認した。巡回憲兵へ身柄を引き渡す。それまで、この場で待機してもらう」
「俺は侯爵家の人間だぞ!」
「身分は確認済みだ。それを理由に、見逃すことはできない」
レナード様は剣を抜かなかった。
武器を捨てた相手に刃を向けず、指揮官へ拘束を指示する。
私が縫った手袋が、夜明け前の灯りの下で動いた。
カシルは今度こそ、抵抗をやめた。
侯爵家の名を出せば、皆が黙る。そうなるはずの場所で、誰も退かなかった。
エレナが、応接室の窓を見上げた。
「お姉様! 話があるの。お願い、今度はちゃんと聞いて!」
私は法務官を見た。
彼は、聞く義務はないと小さく首を振った。
それでも、私が最後に伝えたいことは残っていた。
「ここから、少しだけ」
伝声管を開き、防護板越しに妹を見る。
今度は彼女のほうが、私の返事を待っていた。
「あんな環を持ってきたのは、ほんの冗談よ。お姉様が分かってくれないから、仕方なく」
「冗談に使う道具ではないわ」
「お願い、カシル様には何とか言っておくから。私まで一緒に捕まえるなんて、酷いでしょう」
私は、証拠袋へ収められる銀の環を見た。
それをはめるよう命じた声を、私も記録係も聞いている。
「あなたが何をしたかは、調べられることになります。私がなかったことにはできません」
「家族なのに?」
その言葉だけが、昔と同じ重さで落ちてきた。
私は窓枠から手を離した。
「家族なら、嫌だと言った時に、聞いてほしかった」
エレナの唇が動いた。
けれど、続く言葉はなかった。
「あなたを傷つけたいのではないわ。私は、あなたの言う通りに生きるのをやめたいの」
いつか分かってもらえるかもしれない。
分からないままかもしれない。
どちらであっても、私が戻る理由にはならなかった。
「この先の連絡は、法務官へ。今日は、これで終わりにします」
私は自分で伝声管を閉じた。
ほどなく、近くの街道管理所に駐在していた巡回憲兵が到着した。
夜のうちに送った要請に応じて来た隊長へ、警備隊長が現場の記録と押収した武器を渡す。
護衛五人も、一人ずつ事情を聞かれることになった。
武器を置いた者と、門を壊そうとした者が、同じように扱われるわけではない。
カシルもエレナも、もう自分に都合のよい説明だけでは帰れなかった。
馬車の扉が閉まり、車輪が動き出す。
声が遠ざかった後も、私はしばらく椅子から立てなかった。
レナード様が戻ってきた。
顔を見た途端、押さえていた震えが手に出た。
「……大丈夫だと思っていたのに」
彼は私の前にしゃがんだ。
「怖かったですね」
否定されなかった。
もう怖くないはずだとも、勝ったのだから笑えとも言われなかった。
「あの環を見て、また工房から出られなくなるのかと」
声が途切れる。
私は、彼の袖を掴んだ。
「少し、抱きしめていただけますか」
大きな腕が、ゆっくり背中へ回った。
抱きしめられるまで、自分がずっと息を詰めていたことに気づかなかった。
「戻りませんでしたね」
耳元で、彼が言った。
「あなたの言葉で、終わらせました」
私は彼の肩へ額を預け、頷いた。
窓の向こうが、少しずつ明るくなる。
やがて、手の震えが治まった。
帰りの馬車では、レナード様も疲れているのが分かった。
握られた手は温かいのに、瞬きがゆっくりになっている。
「私、もう大丈夫です。少し眠ってください」
「屋敷へ着いてからで」
「その言い方は、私がいつも叱られるものです」
彼が小さく笑った。
私は膝掛けを半分、彼へかけた。
しばらくして、隣から規則正しい息が聞こえた。
私にも、この人を休ませることができる。
その静かな重みを感じながら、私は繋いだ手を、そっと握り直した。




