第7話 ニエのフルコースは爆発オプション付き
さて、ハニ式腰痛解消講座──ではなく、ニエに関する基礎講座の開幕である。
「当事者ハニがお話しいたします。どうぞよろしくお願いします」
「よっ待ってました!」
受講者、主にカミラの態度が軽い。それでも講師はにこやかに対応してくれた。
「さて、皆さん。ニエについてはどこまでご存知ですか? それでは、カミラ様から時計回りに一言ずつどうぞ」
ニエ初心者を含む生徒三名は顔を見合わせる。
「鬼の食糧よね。少し齧るだけで心もお腹も満たされる夢のごはん」
「共存を望む鬼と人の技術者が作り出した人造生物だったか? 回復力がずば抜けていると聞く」
「今じゃ共生社会の要だね。そういや、元々鬼に食われるために作られたわけじゃないってのは本当かい?」
カミラとベントは本当に表層しか知らず、引退済みとはいえ元狩人のレインには少し知識がある。
受講者三名の認識の差を把握したところで、ハニが本格的に話し出した。
「皆さんの仰る通り、ニエは人工食糧です。鬼と人の共生を目的として開発されました」
まずい、真面目すぎる。
そう思ったカミラは年の功をかなぐり捨て、勢いよく挙手する。
「はいはいハニ先生、質問です。鬼と人の共生というけれど、人の代わりに食べられるだけなの?」
「ありがとうございます、カミラ様。とっても素敵な質問ですね」
食いつかれて嬉しかったのだろうか。
ハニが両手を合わせて微笑んだ。
その笑みだけで満足してしまったカミラだ。
しかし、場当たり的な質問であってもハニ講師は真摯に応えてくれる。
「ニエは人の血を元に“構造式”を書き換えたモノです。生物かどうかは諸説あって、元は鬼に対抗する兵器を──」
「ふーん」
「……作る過程で色々あり、ニエが生まれました」
技術と歴史の説明が急に適当になった。
カミラが早々に鼻の下に鉛筆を挟んだせいかもしれない。いや、どう考えてもそうだ。
真面目な空気に耐えられないとはいえ、可愛いおやつのやる気を手折ってしまった。
ベントからも非難の目で見られ、カミラは反省する。とは言っても、耐えられないものは耐えられないのだが。
「経緯はさておき、ニエの本質についてお話ししましょう。レインの腰痛解消にも繋がるお話です」
小難しい話は求められていないと察知したのだろう。ハニが素早く話を切り替えた。
『良識』ゆえに速攻で見切りをつけたとも言える。
笑顔のハニは人差し指をたてて問いかけてきた。
「さてさて、鬼の皆さんは美味しく安全にお食事ができてハッピーです。では、人は? 食べられることはなくなっても、ニエを作るのだって簡単ではないですよね?」
言われてみれば、確かに。
カミラは鉛筆をくるりと回し、思考を巡らせる。
「ニエって人からすれば城壁のようなものでしょう。必要経費なのではなくて?」
「それなら人の死体を渡して取引する方が安上がりですよね」
身も蓋もない正論だ。
笑顔で鬼畜な発言をするハニに対し、常識派のベントが異議を申し立てた。
「それは倫理的にどうなんだ」
「だけど旦那、ニエの流通前は重罪人の公開処刑を鬼に頼んでた国もあっただろ」
「まあ、それはそうだが……」
「大昔なんて、鬼の住処が姥捨山代わりに使われていたそうじゃないか」
レインが情報を追加する。
改めて思い知る人間の残虐さに、同族喰らいの二名は揃って真顔となった。
他方、ハニは人の都合で生まれた鬼の食糧。倫理の網を掻い潜る人間の足掻きが生んだ存在だ。
からりとした表情で彼女は話を続ける。
「安くないし面倒くさい。それなのに人はニエを作る。何故かというと、ニエは人にとっても有益だからです」
ハニがレインに向かってウインクした。
さらに、いそいそと黒板に図を書き始める。
始めに丸を三つ。
丸同士は矢印で繋がれ、やがて循環する三角形を作り出した。
「人はニエを作り、鬼に提供する。鬼はニエを食べ、ニエは鬼から得たエネルギーを変換して人に還元する────」
最後に三つの丸にそれぞれ、鬼・人・ニエと書き込み、ハニは受講生へと振り返った。
「ニエとは単なる食糧ではなく、人の願いを叶える願望器でもあるのです!」
ぽかんとした顔の鬼二人はともかく、人間かつ元狩人として基礎知識を有するレインが頷く。
「ニエのおかげでお互いに利が生まれ、だからこそ鬼と人は共生できてるってわけさ」
「待て。鬼からエネルギーを得る願望器……? それはどういう仕組みなんだ」
生真面目なベントが尋ねれば、これまた熱心な講師ハニも難しい顔で唸る。
「仕組みを解説するとなると、現代魔術の基礎から応用まで説明することになってしまいますね」
「あらいやだ。難しい話はおなかが空くからいやよ。ざっくり言ってちょうだい、ざっくり」
カミラはまたぞろ早々に匙を投げた。
レインもこれに同調している。
生徒らの要望を受け、ハニ講師は考え込んでしまった。
暫くの後、彼女は身振り手振りを加えながらの説明を始める。
「鬼が満たされると、とある物質が分泌されます。ニエは空気中に霧散してしまうそれを回収し、自分の“構造式”に落とし込んで、魔術的効果をもたらすのです」
沈黙が落ちた。
カミラは微笑んで告げる。
「無理。もっと簡単に」
「……えっと。鬼が『おいしい!』『お腹いっぱい!』となった時のハッピーパワーを利用して、魔法で人の願いを叶える。それがニエです」
やや阿呆っぽいポーズで語るハニの勇姿に、盛大な拍手が巻き起こった。
カミラとレインの絶賛に遅れ、呆れ顔のベントまで手を叩いている。
「よく分かった。すると、契約とは、その魔法効果なるものを成立させる関係なんだな?」
「その通りです。通常は鬼と人とニエ、一人ずつの三人組で契約を結びます」
まだ幾らか理解に積極的なベントが、さらに質問を重ねる。
「通常は、というと? 現時点で鬼はカミラとおれの二人いるわけだが、この場合はどうなる。そもそもの疑問なのだが、カミラとお前は契約しているのか?」
「いえ、まだです」
ふるりと首を振り、ハニが答えた。
「本来、ニエは契約外の鬼に食べられないようセーフティが設けられていてですね」
「成程、堅実だな」
「契約外の鬼に噛まれると、ニエ自身の血中の鉄成分が銀に置き換わるのですが」
再び部屋が静まる。
当然だ。
古来より銀に宿るは破魔の力。
何を語るまでもなく、鬼は魔の分野である。
「ちょっと待ちな。屈強な鬼でも銀の手錠一つで鬼の力を失って、人間程度まで弱るんだよ? それを食ったりしたら……」
「はい、内臓から腐り落ちて死にます。盗み食いする悪い鬼はお仕置きです」
カミラとベントの血の気が引いていく。
盗み食いでは断じてない。
ハニ手ずから料理しての提供だった。
しかし、それでも契約外なのは明らかだ。
まさか、今この時も内側から腐敗しているのでは、と鬼二人は自身の腹に手を当てる。
「あの、ハニ? その契約とやらは後追いでも可能なのかしら? え? 私、死ぬの? おやつを欲張ったせいで死ぬの!?」
「ままま待て。我らにとって銀は毒、浄化の能力で排除できているはずだ。そうだよな? きっとそうだ」
慌てふためく鬼二人を見つめ、ハニが両手を振って否定した。
「ご安心ください。ハニは最初からセーフティが壊れているので、銀への置換は行われていません」
「「つまり?」」
「ハニを食べても腐りません。大丈夫です」
明朗な返答に、カミラとベントの二人は机に突っ伏した。
それを早く言え。
『セーフティが壊れている』云々はおいおい尋ねるとして、だ。今の話の持っていき方はさすがにわざとではないだろうか。
心の中で恨み言を呟いたカミラはハニを睨む。
当のハニというと、もじもじと指遊びをして眉根を下げていた。
「実質誰とでも契約できますし、重複契約も可能なので、かえって便利かもと思って……」
ハニの長いまつ毛が震え、伏せた瞼の奥で甘い蜜色が揺れる。
その様のなんと愛らしいこと。
瞬時にメロついてしまい、カミラはにやけ顔を晒した。
「もう、ハニったらお茶目さんね。契約のこともはやく教えてくれたら良かったのに」
「馬鹿者、お茶目で済ますな。直ちに問題がないからと黙っていていい話ではないだろう」
ベントの叱責に肩を落としたハニがか細い声で囁く。
「ごめんなさい」
「反省しているならそれでいい。他に最初に伝えておくべき仕様はないのか?」
ベントが穏やかに尋ねた。
カミラよりも余程教育に向いている。
だからだろうか、ハニも落ち着いた様子で頷く。
「えっと、あります。それがレインの腰痛解消に繋がる提案でして、今、お話ししてもいいですか?」
「ここであたしかい。いいよね、二人共?」
レインの呼びかけに他二名が頷けば、ハニは何故だか少し恥ずかしそうに話し出した。
「ニエは鬼のエネルギーを吸収、貯蔵します。直接・間接問わず、食事の度にこのエネルギーは溜まっていきます」
「成程、大きな願い事を叶える場合は長期契約になるのか」
「はい。回収できるエネルギーは鬼によってまちまちですが、一般的に、古く強い鬼との契約ほど回収効率が高いのです」
既に雲行きが怪しい。
カミラは頰をひきつらせた。
「古い鬼って、私もベントも、ミナトだってそうだったわよね?」
「前契約者であるミナト様は古き鬼でしたが、少食でした。そのため、貯蔵上限を弄る必要もなかったのですが、ただ……あの事件で」
ハニは目を伏せて言葉を濁した。
穢れ堕ちとなったミナトに食い散らかされたミツ、改めてハニ。
最終的に回復が間に合わないほどに貪られていたことを考えれば、自ずと現在の問題が見えてくる。
「結構限界が近かったりするのかしら」
慎重に問うカミラに対し、ハニがこくりと頷く。
「今のハニは、ぱっつんぱつんでミッチミチのエネルギー過多状態です」
「つまり?」
「このままいくと、ちょっと爆発するかもしれません」
三度目の沈黙が落ちる。
黙り込んだ鬼達に代わり、レインが問うた。
「爆発するとどうなるんだい」
「お屋敷と手前の森がまとめて吹っ飛びます」
誰かが唾を飲み込む音がやけにリアルに響く。
真顔のレインがハニの両肩を掴んだ。
「お嬢ちゃん、あんたね、そういう大事なことは早く言いな」
「この勉強会の後でチューニングをし直せばいいかなって。でも、使ってもらえるならその方が私も嬉しいです!」
「謝るときは素直に頭を下げるべきさね」
「はい、ごめんなさい」
ごめんなさい、ではない。
弾ける飴どころか取扱注意の劇物を口に含んでいたことに気付き、顔面蒼白になるカミラだった。




