第2話 いつものお弁当とご一緒にデザートはいかが?
協会より馬車を乗り継いで数日、カミラとハニは血族の住まう館にたどり着いた。
館といってもミナトの暮らしていた豪邸とは違い、随分こじんまりとした家である。
雑草の生い茂る庭に、鳥に突かれて落ちた果実。油が差されていないのか、錆びた門が高く鳴く。
どことなくうらぶれた空気を醸し出す館へ踏み込み、カミラはのんびりと声を上げた。
「戻ったわよ。誰かいないの?」
返事がない。
それもそのはず、現在の時刻は午前十時。
健全な人間は外へ出かけ、健全な鬼は夢の中の時間帯である。
しかし、ここにいるのはカミラ。
常識も良識も等しく適当に扱う古き鬼なのだ。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ。新顔を連れてきてあげたのに、まったくなってないわね」
「あの、カミラ様。私のことは後回しで結構ですので……」
ニエであるハニも鬼についての基礎知識はあるらしい。鬼にとっての夜分に声を張り上げるカミラにやや引き気味の様子だ。
あるいは、気後れしているのかもしれない。
道中、同居人と同居鬼について軽く話して以降、そこはかとなく大人しくなってしまったハニである。
「ハニ、少ししゃがみなさい」
「はい、何でしょう。おんぶですか?」
カミラが疲れて駄々を捏ねているとでも思ったのだろうか。こてりと首を傾げるハニの腕を引き、カミラは訴えた。
「違うわよ。いいから早くしゃがんで」
「はい、しゃがみます」
ハニは特に逆らうことなく身を屈めた。
彼女の頭がカミラの目の前に降りてくる。
柔らかな黒髪に甘い香り。辛抱たまらなくなり、カミラはハニの頭を撫でくりまわした。
「ハニったら、いじらしいのね。遠慮なんてしなくていいのよ、私のおやつちゃん」
「……? カミラ様、これ、楽しいですか?」
「ええ、とっても」
「それならいいです。お役に立てて嬉しいです」
美貌のハニがふにゃりと頬を緩める様はなかなかに壮観だ。
カミラはもはやハニの肩に乗り上げるような姿勢となって、愛しのおやつをかいぐり回す。
「本当に可愛い子。あの朴念仁にもお前の爪の垢を煎じてあげたいわ」
「爪の垢などと言わずとも、全身くまなく血の一滴まで、私の全てはカミラ様とベント様のお食事です。どうか心ゆくまでご堪能くださいませ」
「まあまあ、冗句? ニエジョークなの? いやだわ、可愛いわ」
久しぶりの新生が可愛くて堪らないカミラと妙なセールストークを搭載したハニ。少女二名が噛み合わない戯れ合いを続ける中、二階へ続く階段が軋んだ。
特段焦りも怒りも感じさせない一定のテンポで床は軋み、足音の主が顔を覗かせる。
「騒がしいぞ。静かにしないか」
現れたのは白金の髪に碧眼の偉丈夫だ。
年の頃は四十路といったところ。
筋骨隆々で彫りが深く、表情をのぞいても険しい顔立ちの彼は、最後の一段を降りることなく二人の目前に立った。
彼は視線を巡らせ、ハニを睨みつける。
「誰だ」
低く唸るように問われ、ハニが身を強張らせる。
緊張が解けるようにとその頬を撫でてやり、カミラは半眼で偉丈夫へ問いかけた。
「見て分からない?」
「鬼だな。新しい目付役か? それとも、ドクトルの隠し子でも連れてきたのか」
カミラは肩を竦めて鼻で笑った。
確かにドクトルとハニはどことなく容姿が似ている。しかし、ハニは人工生命体であり、他人の空似以外のなにものでもない。
真顔で素っ頓狂な推測をかました男は、至極不快げに眉を顰めた。
「誰でもいいが玄関先で騒ぐな。客人ならそれ相応の扱いをしてやれ」
「あら、意外。受け入れるの?」
「粗野は控えろと言ったんだ」
威圧的に告げる男が気に入らず、カミラは舌打ちする。
「ベントのくせに生意気なのよ」
「くせにとはなんだ。お前がいいかげんだから、言わなくてもいい小言を言わされているんだぞ」
「はいはい、ごめんなさいね。御託はいいから、さっさとお茶を用意して。ちゃらんぽらんな家長でもしっかり迎え入れるのが舎弟の義務でしょう?」
「舎弟ではない」
偉丈夫──ベントが苦々しげに否定した。
カミラはそれを無視してハニの手を引く。
「さあ、上がりなさい。私のハニ、新たな子。今日からここがお前の家よ」
「待て。今なんと?」
渋々といった様子で奥の部屋に向かっていたベントが振り返る。
厳しい顔つきはそのままに、驚愕に見開かれた目がカミラとハニを見た。
成程、紹介がまだだ。
そう思ったカミラはハニを引き寄せ、ベントの前へと突き出す。
「この子はハニ。私のおやつになったの」
「たった今ご紹介に預かりました、ハニと申します。カミラ様のおやつです」
表情をなくしたベントが繰り返す。
「おやつ」
「はい。そして、お眼鏡に適った場合はベント様のごはんも兼任します」
蕩けるような笑みを浮かべたハニを見て、ベントがびくりと肩を震わせた。
視線を彷徨わせた彼はハニではなく、カミラをじっと見つめる。
信じられないものというよりも、穢らわしいものを見るような目であった。
「何よ」
「まさか貴様、他所の子どもに手をつけたのか……?」
「あらやだ、嫉妬? やめてちょうだい。お前みたいな筋肉達磨が妬いても可愛くないわ」
「煩い! 無駄口を叩く前に一から十まで説明しろ、このケダモノが!」
屋敷全体を震わす大音声。
驚いて涙目になってしまったハニを宥めつつ、カミラは居間へと向かうのだった。




