第九十九話「折れない理由が、確定した」
100%が出たあと、照合室は一度閉鎖された。
桐生が本部に報告し、鶴田がログを保存し、課長が承認履歴を確認した。
俺と川瀬さんは、廊下に出された。
恋管庁舎の地下廊下は、白い。白すぎて、どこにも逃げ場がないように見えた。
「折衝さん」
「はい」
「100%って、何をすればいいんでしょう」
その質問が、彼女らしくて、俺は少し安心した。
「わかりません」
「折衝課なのに」
「100%の手順書は、ありません」
「でしょうね」
川瀬さんは、壁にもたれた。
◇
「11%のときは、頑張ればよかったんです」
「はい」
「100%は、頑張る先がわかりません」
「俺もです」
「じゃあ、どうしますか」
俺は少し考えた。
100%だから付き合う。100%だから結婚する。100%だから一緒にいる。そう言えば、簡単だった。
でもそれは、彼女が嫌がったことだった。俺も、嫌だった。
「明日、コーヒーを飲みに行きます」
「うちに?」
「はい」
「業務で?」
「業務じゃなく」
川瀬さんは、顔を伏せた。
「じゃあ、濃くします」
「普通でいいです」
「だめです。今日は100%記念なので」
彼女がそう言ったので、俺は初めて声に出して笑った。
廊下の自動販売機で、缶コーヒーを二つ買った。いつもなら川瀬さんが淹れる。今日は、照合室の外で買った缶だった。ぬるくて、甘すぎた。
「おいしくないですね」
「そうですね」
川瀬さんは、それでも最後まで飲んだ。
「100%の日のコーヒーがこれって、少し残念です」
「明日、淹れ直してください」
「来るんですか」
「行きます」
「業務じゃなく」
「業務じゃなく」
何度目かの確認だった。だが、何度確認しても足りないのだと思った。100%が出ても、来る理由を数字に奪われたくない。だから、言葉で確認し直す必要があった。
川瀬さんは、空き缶を捨てて言った。
「じゃあ、明日はちゃんとしたのを淹れます。100%に負けないやつを」
100%に負けないコーヒー。そんなものがあるなら、明日飲みに行くしかなかった。
地下から地上に出ると、外は普通の夕方だった。100%が出た日も、空の色は変わらない。世界は、誰か二人の数字のために、何も変えてくれない。だが、変わらない世界の中で、明日コーヒーを淹れてくれる人がいる。それで十分だと、初めて思えた。
◇
その日の所見欄に、俺は一行だけ書いた。
「折れない理由が、確定した。ただし、終わらない。」
データには残さないつもりだった。
だが鶴田に見つかった。
「森本さん」
「何ですか」
「その一行、コピーしていいですか」
「なぜ」
「本部報告書には使いません。私が覚えておきます」
「……好きにしてください」
鶴田は珍しく、少しだけ笑った。
「折衝課の言葉ではないですね」
「でしょうね」
折れない理由は、確定した。
だが、その理由で何をするかは、まだ何も決まっていなかった。確定したのは理由だけだ。理由がわかっても、人生は自動では進まない。100%は答えではなく、ようやく立った問いの前だった。折衝課は答えを出す場所だった。俺は今、答えの出ない場所に、初めて自分から立っていた。
次話「業務じゃないので」




