第九十八話「その数字を、二人で見た」
画面に、数字が出た。
最初に見えたのは、1だった。
次に、0。
もう一つ、0。
その後に、%がついた。
100%
照合室の誰も、すぐには声を出さなかった。
◇
川瀬さんが、画面を見ていた。
俺も見ていた。
100%。
エラーではない。伏せ字でもない。警告でもない。数字として、そこにあった。
ずっとERRORと表示されていたものの正体が、ただの数字になっていた。
「……私」
川瀬さんの声が震えた。
「100%だったんですね」
俺は答えられなかった。
彼女が泣くと思った。笑うと思った。どちらでもなかった。
川瀬さんは、画面から目を離さず、ただ静かに息をしていた。
◇
鶴田が端末を確認した。
「照合ログ、確定。森本遼、川瀬奈緒。相互成立率、100%。ERRORの原因は、100%上限処理による表示不能です」
課長が、深く息を吐いた。
「本当に、出たか」
桐生は無言で記録していた。その手が、一瞬だけ止まった。
鶴田の端末で、ログが一行だけ下へ伸びた。
同型の痕跡:他にも検出
俺の位置からは、それだけが読めた。鶴田の指が、一拍止まった。鶴田は心拍計を見て、それからログの画面を閉じた。中央の白い画面には、100%だけが残った。
鶴田は何も言わなかった。桐生は記録端末を見ていて、気づいていないようだった。川瀬さんは、まだ100%を見ていた。
課長だけが、違った。
一行が消える前に、課長の顔から色が引いた。課長は鶴田に何も聞かなかった。鶴田も、課長を見なかった。
◇
川瀬さんが右側の髪を耳にかけて、俺を見た。
「折衝さん」
「はい」
「うれしいです」
「はい」
「でも、少し腹が立ちます」
「……なぜ」
「だって、私が11%は0%じゃないって言い続けていた間、PAIRは知っていたんですよね。あなたのことを」
その言葉で、俺は初めて笑いそうになった。
たしかに、そうだ。
彼女は田村への11%を守っているつもりで、ずっと俺との100%に近づいていた。
俺は恋を折っているつもりで、その100%を育てていた。
◇
胸ポケットから、スタンプを取り出した。
書類はない。押す欄もない。
ただ、手の中に持った。
川瀬さんが、それを見た。
「押すんですか」
「押せません」
「なぜですか」
今度は、答えられた。
「終わっていないので」
川瀬さんは、泣きそうな顔で笑った。
「はい」
俺はスタンプをしまった。
100%が出ても、押せなかった。
それが、いちばん正しい気がした。
課長は画面から目を離さなかった。20年前に見たはずのものを、もう一度見ている顔だった。だが今回は、自分の数字ではない。逃げなかった二人の数字だった。顔の色だけが、まだ戻っていなかった。
「上限処理を解除しますか」
鶴田が聞いた。
「解除しろ」と課長が言った。「隠すな」
その二文字が、100%より重く響いた。隠すな。20年前に言えなかった言葉を、今、課長が言った。鶴田が頷き、ログを保存した。白い画面に、100%が固定された。
「ログの上だけです」と鶴田が言った。「スコア欄の表示は、明日もERRORのままです。上限処理はPAIR全体の規則なので、この部屋では解除できません。ここに残るのは、記録だけです」
「記録があれば、いい」と課長が言った。
川瀬さんが、そっと息を吐いた。
「数字って、こんなに静かに出るんですね」
「もっと派手だと思いましたか」
「少し。世界が変わる音がするのかと」
世界は、音を立てなかった。ただ、俺たちの見ている画面だけが、静かに変わっていた。
「ERRORって、こういう意味だったんですね」と川瀬さんが言った。
「どういう意味だと思っていましたか」
「壊れているか、私が間違っているか。どちらかだと」
「違いました」
「はい。大きすぎて、表示できなかっただけ。……ずるいですね、それ」
一番低いと思っていた数字が、本当は一番高かった。その落差を、ずるい以外の言葉で言うのは、難しかった。
固定された100%の下は、白いままだった。さっきまで、そこに一行あった。隠すな、と言った課長は、閉じられた一行のことは言わなかった。
次話「折れない理由が、確定した」




