第百話「業務じゃないので」
100%の翌日、俺は川瀬さんの部屋に行った。
業務予定には入っていない。端末にも記録しなかった。恋管のバッジは鞄に入れたままにした。
インターホンを押すと、三秒より早く扉が開いた。
「また来たんですか」
声は、初めて会った日と同じだった。
ただ、意味は違っていた。
「来ました」
「業務じゃないのに」
「業務じゃないので」
川瀬さんは、少しだけ笑って扉を開けた。
◇
テーブルには、二人分のコーヒーがあった。
濃かった。
「100%記念なので」
「記念日は、昨日では」
「今日もです」
川瀬さんは当然のように言った。
俺はカップを持った。
熱かった。初めてここに来たとき、俺はほとんど飲まなかった。今は、飲む前から温度がわかる。
それだけ通った。
それだけ変わった。
◇
「折衝さん」
「はい」
「100%が出たからと言って、急に何かを決めるのは、嫌です」
「俺もです」
「でも、何も変わらないふりをするのも、嫌です」
「はい」
「なので、一つだけ変えていいですか」
「何を」
川瀬さんは少し迷ったあと、言った。
「折衝さん、ではなく、森本さんと呼びます」
それだけのことだった。
だが、それだけのことが、妙に大きかった。
「はい」
「森本さん」
「はい」
「……呼んだだけです」
彼女はカップで口元を隠した。
俺は、今度はすぐにコーヒーを飲んだ。
最初の一口を飲んだあと、川瀬さんは窓の外を見た。
「100%って、便利じゃないですね」
「便利ではないですね」
「11%の方が、まだ言い訳できました。低いから、とか、でも0じゃないから、とか」
「はい」
「100%は、言い訳がないです」
彼女はそう言って、カップを置いた。
言い訳がない数字。だからこそ、数字のあとに、俺たちは自分の言葉を探さなければならなかった。
言葉は、数字より遅い。でも、数字より長く残る。100%はもう動かない。けれど、その横に置く言葉は、まだいくらでも書き換えられた。俺たちは、書き換えられる方を選んだのだと思う。カップのコーヒーは、今日も少しだけ濃かった。
◇
帰り際、川瀬さんは玄関で少し迷ってから言った。
「森本さん。今日、来てくれてよかったです」
「昨日も会いました」
「昨日は照合でした。今日は、あなたが来ました」
その違いを、俺はしばらく考えた。照合で会うことと、来ることは違う。制度に呼ばれて同じ部屋にいることと、自分で約束して扉の前に立つことは違う。
「また来ます」
「はい」
「予定を聞いてから」
「そうしてください」
彼女は少し笑った。
帰り道、俺は端末の予定表を開いた。業務予定ではない欄に、次の予定を入れた。川瀬さん、とだけ打って、消した。森本・川瀬、と打って、また消した。結局、こう書いた。
コーヒー。
その予定だけは、誰にも提出しなくていい。
端末に通知が来た。
本部監査部からだった。
照合結果100%の件について、森本遼職員および関係者への聴取を実施します。
100%のその後は、甘いだけでは終わらなかった。
次話「噂は、一晩で回る」




