↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛フラグ管理局折衝課 〜成立確率11%の彼女を折りに行くたび、なぜか俺との縁が育っていく〜  作者: よるの 余白
「照合」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
94/128

第九十四話「課長が待っていた」

 照合当日の朝、課長は折衝課の入口に立っていた。


 いつもなら課長室にいる。モニターの前で、無表情に数字を見ている。それなのに今日は、窓のない廊下で、俺を待っていた。


「森本」


「はい」


「最後に確認する。やめるなら、今だ」


 俺は立ち止まった。


「承認したのは課長です」


「承認した。だから確認している。承認は命令じゃない。お前がやめるなら、俺は止めない」


 課長の声は、いつもより低かった。


   ◇


「20年前、俺はこの確認を誰にもされなかった」


 課長は、廊下の奥を見た。


「照合するか、しないか。逃げるか、残るか。全部、自分一人で決めたつもりだった。だが本当は、誰かに聞いてほしかったのかもしれない」


「今でも、後悔していますか」


「後悔の形は、変わる。若い頃は、相手を失ったことを後悔した。今は、自分で選んだことにしなかったのを、後悔している」


「自分で選んだことにしなかった?」


「100%が怖くて逃げたのに、『制度のためだった』と名前を変えた。そうすると、後悔が仕事になる。仕事になった後悔は、長いぞ」


 俺は、胸ポケットに手を当てた。


   ◇


「俺は、照合します」


「なぜだ」


「100%を信じたいからではありません。数字に決められたくないから、数字が何を隠していたのか知りたいんです」


 課長は黙って俺を見た。


「それと」


 言うべきか、一瞬迷った。


「川瀬さんに、数字より先に答えたので」


 課長の目が少しだけ細くなった。


「なら行け」


「はい」


「森本」


 呼び止められた。


「100%が出たら、浮かれるな。100%が出なくても、折れるな」


「……はい」


「どちらでも、帰ってこい。折衝課に。まだ、お前の席はある」


 その言葉が、思ったより重かった。


 課長は、そこで一度だけ俺の胸ポケットを見た。


「そのスタンプ、今日も持っていくのか」


「はい」


「照合には不要だ」


「わかっています」


「なら、なぜ持っていく」


 答えは、すぐには出なかった。だが、置いていくこともできなかった。あれは終わらせるための道具だった。終わらせないと決める日にこそ、持っていなければいけない気がした。


「……押さないために」


 自分でも、変な答えだと思った。


 課長は、少しだけ笑った。笑ったというより、息が漏れた。


「そうか。押すためじゃなく、押さないために持っていくのか」


「はい」


「なら、なくすな」


 それだけ言って、課長は廊下の奥へ歩いた。背中が、いつもより少し小さく見えた。


 課長室には、古い紙の匂いがした。


 設立記録のファイルは、今日も机の端にあった。しまわれていない。隠すのをやめた、というより、もう隠しきれなくなったように見えた。


 課長はファイルに手を置いたまま、俺を見た。


「今日、数字が出ても、お前の人生を数字に預けるな」


 その言葉は、命令ではなかった。二十年前の自分に言いそびれたことを、俺に言っているようだった。


 俺は、はいともいいえとも言わなかった。ただその言葉を持って照合室へ向かうことにした。預けないという約束だけを胸ポケットのスタンプの隣に入れて。



次話「全員が揃った」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。