第八十四話「課長の調べるなを無視する」
俺は、課長の「調べるな」を完全に無視することにした。配属されてから初めて、課長の指示に正面から逆らった。逆らうことに、もう、迷いはなかった。
◇
設立記録を、見た。いつか課長の机にあったファイル。「折衝課 設立記録 2048」。今度はシステム上で検索した。アクセス権限の、ぎりぎりまで使った。開けるところは、全部、開けた。
設立記録の中に、一つ奇妙な記述があった。
「初期テストにおいて、算出不能ケースを1件確認。当該ケースはエラー処理とする。詳細は非公開とする。」
初期テストで、算出不能ケースが1件。算出不能——ERROR。恋管の設立当初に、すでにERRORが1件出ていた。俺のERRORより、ずっと前に。
◇
日付を、見た。2048年。恋管設立の年だ。俺が配属される、十七年前。俺はまだ、九歳だった。恋管ができたその年に——最初のERRORが、もう出ていた。
俺のERRORは、配属当初からだ。2048年ではない。ではこの2048年のERRORは、誰のものだ。
鶴田に、聞いた。
「鶴田さん。2048年にERRORが1件出ていた記録があります。これは誰のものですか」
鶴田は端末を、長い間見ていた。いつもより、ずっと長く。
「……それは、計算中ではなく——アクセス権限が、ありません。その記録は課長の承認領域にあります。私の権限でも、開けません。課長だけが、開けます」
◇
2048年のERROR。課長だけが開ける。課長は、PAIRを設計した側。100%をエラーにすると決めた側。そして設立当初に、ERRORが1件出ていた。点が、線になりかけていた。
「鶴田さん。もしかして2048年のERRORも、100%だったんですか」
「わかりません。開けないので。ただ——可能性は、あります」
「設立当初に、100%が出ていた」
「かもしれません。確かめていませんが。ただ、一つ言えるのは——もし2048年のERRORが100%だったなら。課長は100%をエラーにする設計を、その後に決めたのか、その前に決めたのか。順番が、重要になります」
「順番」
「100%を見てから、それをエラーにすると決めたのなら。課長は、何かを——消したかったのかもしれません」
鶴田は、それ以上は言わなかった。確かめていないことは、言わない。いつものルールに、戻っていた。
◇
確かめていない。でももしそうなら、俺のERRORは最初の100%ではない。2048年に、すでに誰かの100%があった。それを開けられるのは、課長だけだ。
設立当初の100%。それを誰よりも知っているのは、100%をエラーにすると決めた本人だ。自分で「存在しない」と決めた数字を、自分が最初に見た人間。100%を見て、それをエラーにすると決めた人間。課長が隠してきたのは、制度ではなく、その記憶なのかもしれなかった。誰の、何の100%だったのか。それは、課長だけが、知っていた。
次話「川瀬さんが照合を待っている」




