第八十一話「課長に報告する」
課長室に行った。照合の承認を求める前に、まずこれまでに調べたことを報告することにした。いきなり承認を求めるより、事実を並べてからの方がいい。そう考えた。
「課長。報告したいことが、あります。PAIRに、異常があります」
課長はモニターから、顔を上げた。
◇
「異常、というのは」
「PAIRが設計通りに動いていません。職員と対象者を照合しないはずなのに、その記録があります。業務上の接触は算出対象外のはずなのに、スコアに影響しています。外れ値8%は誤判定ではなく、PAIRが縁を見つけ直した結果です」
俺は鶴田と調べたことを説明した。23件のスコア変動。外れ値の73%が介入中に上昇していたこと。PAIRが人間の行動を観察して、縁を見つけ直しているらしいこと。順番に、データを並べた。
課長は黙って聞いていた。ただ——その顔が、だんだん硬くなっていった。報告が進むほど、課長の表情から、何かが抜けていった。聞きたくないことを聞いている顔だった。
◇
「それを誰かに言ったか」と課長が聞いた。
「鶴田と二人で調べました。他には、言っていません」
「言うな。それ以上、調べるな」
課長の声が、低くなった。
それ以上、調べるな。あのときと、同じ言葉だった。外れ値のデータを見ていたとき、課長は「余計なことを考えるな」と言った。今度は「それ以上、調べるな」。同じ人間が、同じ顔で、同じことを言っていた。隠す人間の、決まり文句だった。
「課長は、知っていたんですね。PAIRの、異常を。いつから、知っていたんですか」
課長は、答えなかった。沈黙が、肯定だった。
「課長」
「お前はなぜ、それを調べた」
課長が、逆に聞いた。問いを、問いで返した。それは、俺がいつも川瀬奈緒にしてきたことだった。答えたくないとき、人は問いを返す。
「川瀬奈緒のスコアが、動いたからです。11%が12%に。相手は空欄。俺が訪問している間に、動きました」
課長の目が、わずかに動いた。「相手は空欄」と言ったとき、課長は何かを察した顔をした。相手のない数字が動く意味を、課長は知っているようだった。知っていて、驚いていなかった。むしろ、いつか来ると分かっていたものが、来た、という顔だった。
課長は少しの間、何も言わなかった。それからぽつりと言った。声が、急に小さくなった。
「……お前のスコアは、どうなっている」
「ERRORです。配属当初から」
「ERROR、か」
課長の顔が、また硬くなった。今度は、さっきと違う硬さだった。
◇
課長は、ERRORと聞いた瞬間に、何かを思い出す顔をした。隠している人間の顔ではなく、思い出したくないものを思い出した人間の顔だった。組織を守るために隠している、という顔ではなかった。もっと個人的な、もっと古い何かに、触れられた顔だった。
鶴田が言った。課長は思っているより深いところに、何かを隠している。その「深いところ」が俺のERRORと地続きであることを、課長の硬い顔が、言葉より先に告げていた。俺のERRORは、課長にとって、ただの一職員のデータ異常ではなかった。それは、はっきりとわかった。なぜそうなのかは、まだ、わからなかった。
次話「調べるな、の理由」




