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恋愛フラグ管理局折衝課 〜成立確率11%の彼女を折りに行くたび、なぜか俺との縁が育っていく〜  作者: よるの 余白
「複数の100%」

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第七十九話「折りに来て、私の縁を育てているんですか」



 翌週。川瀬奈緒の部屋に上がる前、玄関で川瀬奈緒が待っていた。扉を開けて待っているのではなく、扉の内側で、立って待っていた気配があった。


「折衝さん。今日、一つはっきり聞きたいことがあります」


 あの面談室を、思い出した。聞く覚悟をしてきた顔だった。今日は、撤回しないかもしれない、と思った。


   ◇


 部屋に上がった。コーヒーは用意されていた。ただ今日は、すぐには飲まなかった。二人とも、カップに手をつけないまま、向かい合った。湯気だけが、二つ、立っていた。


「聞きます」と川瀬奈緒が言った。「あなたは折りに来て、私の縁を育てているんですか」


 質問が、はっきりしていた。これまでの、ぼんやりした問いではなかった。輪郭の、くっきりした問いだった。


   ◇


 折りに来て、育てている。答えは、わかっていた。鶴田と調べた。俺が来ることで、スコアが上がった。縁が、育った。確かめた事実だった。逃げ道は、なかった。


「はい」と俺は言った。


 初めて、はっきり答えた。「わかりません」でも「今日は答えられません」でもなく。


「育てて、いるんですか」


「結果的に、育てています。俺が来ることで、川瀬さんのスコアが上がっている。それは、確かめました」


 川瀬奈緒は、息をのんだ。


「じゃあ折衝さんは、私の縁を折るどころか」


「育てています」


「折衝課の人なのに」


「折衝課の人なのに、育てています」


 二度、同じ言葉を繰り返した。繰り返すことで、それが本当だと、自分にも言い聞かせていた。折衝課の人間が、縁を育てている。口に出すたび、その矛盾の重さが、増した。


   ◇


 川瀬奈緒は少しの間、何も言わなかった。それから、笑った。今までで一番、やわらかい笑い方だった。張り詰めていたものが、ほどけた顔だった。


「変な話ですね。折りに来る人が、縁を育てている。しかもその育てた縁の相手が——」


 川瀬奈緒は、言葉を止めた。その先を、口に出すのを、ためらった。


「……照合したら、わかるんですよね。育てた縁の相手が、あなたなのか」


「わかります」


   ◇


 川瀬奈緒はカップを持った。やっと、コーヒーを飲んだ。冷めかけたコーヒーを、一口。


「折衝さん。私、照合してほしいです。今日は、撤回しません」


 俺は川瀬奈緒を見た。今日の川瀬奈緒は、撤回する顔ではなかった。何度も行ったり来たりした末に、やっと一方に足を置いた顔だった。


「本当に、いいんですか」


「いいです。怖いけど、知りたいです。あなたが私の縁を育てて、その相手があなた自身なのか。知りたいです。怖いまま、ずっと確かめないでいるのが、いちばん怖くなりました」


「……わかりました。鶴田に、相談します」


   ◇


 今日は——スタンプを、取り出した。書類は、なかった。ただ手に持って、見た。


 折りに来て、育てた縁。その相手が、自分かもしれない。このスタンプは「介入完了」を押すためのものだ。でも俺は、介入を完了させていない。折るどころか、育てた。完了の逆をしてきた手で、今、照合へ進もうとしている。押せないスタンプを握ったまま、押すのとは別の何かへ、足を踏み出そうとしていた。


 しまった。所見欄に一行だけ書いた。


「奈緒が、撤回しなかった。」



次話「鶴田に照合を頼む」


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