第七十八話「私のスコアを上げているのが、あなたなら」
川瀬奈緒の部屋に上がった。今日は、雪が降っていた。窓の外が、白くけぶっていた。コーヒーが、いつもより熱かった。寒い日は、熱いコーヒーが出る。彼女の手は、いつも、その日の天気を知っていた。
◇
インタビューの後、川瀬奈緒が静かに言った。
「私のスコアを上げているのが、あなたなら。あなたは折りに来て、私の縁を育てているってことですよね」
「結果的には」
「それって——折衝さんは私のことを、どう思って来ているんですか」
俺はカップを置いた。湯気が、まだ立っていた。
「業務として、来ています」
「でも、49回も?業務なら5回で終わるって、鶴田さんが言っていました。標準は5回だと。なのに、49回」
◇
業務なら、5回で終わる。俺は49回来た。44回分、業務をはみ出していた。44回。その一回ずつに、コーヒーがあって、ブランコがあって、答えられない質問があった。業務だったのは最初の5回だけだ。あとの44回は、業務の名前を借りた別の何かだった。
「川瀬さん。俺は最初の5回で、終わらせるべきでした」
「でも、終わらせなかった」
「終わらせ、られなかった」
「られなかった、というのは」
三秒。
「……折りたくなかったんだと思います」
桐生に言われたことを、初めて自分の口で言った。折れないんじゃない、折りたくない。あのとき、答えられなかった言葉を、今日、自分から言った。
「なぜですか」
五秒。十秒。
「それはまだ、言葉にできません」
川瀬奈緒は少しの間、俺を見ていた。それから、頷いた。責める頷きではなかった。待つ、という頷きだった。
「いいです。言葉にできなくても。私も言葉にできないことが、たくさんあるので。言葉にできないことを、無理に言葉にすると、嘘になる気がして」
◇
雪が、窓の外で降っていた。公園のブランコに、雪が積もり始めていた。誰も乗らないブランコの座面に、白いものが、薄く乗っていた。
「ブランコ、雪積もってますね」と川瀬奈緒が言った。「誰も乗らないのに、雪だけ積もって。でも、誰も乗らなくてもブランコはブランコですよね」
「……そうですね」
「縁もそうなのかな、って思います。誰も確かめなくても、そこにあるなら縁ですよね」
確かめなくても、そこにあるなら縁。照合しなくても、100%は存在している。鶴田が、そう言っていた。確かめていない100%は、消えるわけではない。ただ確かめられていないだけだ。雪の積もったブランコのように、誰にも乗られないまま、そこにある。
◇
帰り際、雪のブランコをもう一度見た。誰も乗らないブランコに、雪が静かに積もっていく。確かめられないまま、ただそこにあるもの。俺と川瀬奈緒の100%も、照合しなければあのブランコのように、確かめられないままそこにあり続ける。それでも縁だと、彼女は言った。
確かめれば、雪を払って誰かが乗る。確かめなければ、雪の積もったまま、きれいにそこにある。どちらがいいのか、雪を見ていても、答えは出なかった。ただ、雪はやまずに、降り続けていた。残りの日数の上にも、たぶん、同じ雪が積もっていた。
次話「折りに来て、私の縁を、育てているんですか」




