第七十七話「12%になったのは、折衝さんのせいですか」
今週も、外で会った。久しぶりに、公園のベンチだった。
冬が、深まっていた。ベンチは冷たく、川瀬奈緒は今日も先に来ていて、缶コーヒーを二つ、膝の上で温めていた。ブランコは相変わらず、誰も乗らないまま風に揺れていた。揺れ幅が、寒さのせいか、いつもより小さく見えた。
◇
「12%になったのは、折衝さんのせいですか」と川瀬奈緒が聞いた。
「せい、というのは」
「いい意味で、です。折衝さんが来たから、上がったんですよね」
「……たぶん。確かめていないので、断定はできません。鶴田の口癖が、うつりました」
川瀬奈緒は、少し笑った。白い息が、笑いと一緒に揺れた。
◇
「私、考えたんです」と川瀬奈緒が言った。「11%のとき、私は田村さんが相手だと思っていました。でも田村さんは別の人と幸せになった。私の11%は、行き場を失った。相手のいない数字になった。でも12%になった。相手は、空欄。行き場を失ったはずの数字が、また動き始めた」
川瀬奈緒は、ブランコを見た。
「数字が、行き先を探しているみたいです。田村さんじゃなくなって。次の、誰かを。それが誰なのか、私にはまだわからないけど。いえ——本当は、わかっている気もします。わかっているのに、確かめていないだけで」
わかっているのに、確かめていない。俺と、同じだった。二人とも、答えに薄々気づいていて、確かめる一歩だけを、踏み出せずにいた。
◇
「川瀬さん。俺は最初、川瀬さんの縁を折りに来ました。でも結果的に育てていた。スコアを、上げていた。それは——折衝課の仕事として、失敗です。俺は折れなかった。むしろ逆のことをした」
川瀬奈緒は、俺を見た。
「失敗、ですか」
「業務上は」
川瀬奈緒は、少し間を置いた。缶コーヒーを、両手で包み直した。
「業務上は失敗で——業務以外では、どうなんですか」
三秒。五秒。
「……今日は、その質問には」
「答えられない、ですよね」
川瀬奈緒は、笑った。慣れた笑いだった。何度も聞いた答えを、また聞いた、という笑いだった。
「でも、もうすぐ答えられる気がします。照合したら」
「照合したら」
「はい。照合したら、業務以外のことも、言える気がします。数字が背中を押してくれるので」
「数字が、背中を押す」
「はい。本当は、数字なんてなくても言えたらいいんですけど。私、ずっと数字に振り回されてきたので。11%とか、12%とか。最後くらい、数字に味方になってほしいんです」
数字に振り回されてきた人が、最後は数字に味方になってほしいと言う。皮肉な願いだった。ただ、その願いは、よくわかった。
◇
帰り道、駅のホームで考えた。業務上は失敗。それは正しい。49回来て折れなかった俺は、折衝課の職員として失格だ。ただ、川瀬奈緒が聞いたのは、そこではなかった。業務以外では、どうなのか。その問いに答えられないのは、答えがないからではなく、答えが業務の外にあるからだった。
業務の中の言葉なら、いくらでも持っていた。継続確認。算出対象外。成立確率。業務の外には、その言葉が一つもなかった。彼女に何かを言うには、業務の外の言葉が要る。俺はまだ、それを持っていなかった。電車が来た。今日も、一本、見送った。
次話「私のスコアを上げているのが、あなたなら」




