第七十六話「あなたは折りに来て育てているんですか」
次の訪問。川瀬奈緒は今日は最初から、何かを考えている顔だった。コーヒーを淹れる手も、どこか上の空だった。考えごとを、抱えたまま、俺を待っていたらしかった。
◇
「ずっと、考えていたんですが」と川瀬奈緒が言った。「折衝さんが来ると、私のスコアが上がる。それって、折衝さんが私の『相手』ってことに、なりませんか」
俺は、顔を上げた。
「相手、というのは」
「12%のスコアの相手の欄が、空欄なんですよね。その空欄に入るのが——折衝さんなんじゃないですか」
彼女は、俺がずっと避けてきたところへ、まっすぐ踏み込んだ。
◇
「川瀬さん。それは——」
「ありえない、ですよね。職員と対象者は、照合対象外で」
「はい」
「でもスコアが相手なしで動いて。動かしているのが、折衝さんで。だったら空欄の相手は、折衝さんなんじゃないですか」
川瀬奈緒の論理は、通っていた。穴がなかった。俺のERRORが100%で、候補に川瀬奈緒。川瀬奈緒の12%が相手なしで、動かしているのが俺。二つのありえない数字が、お互いを指していた。別々に置かれた二つの空白が向かい合って、相手の形をしていた。
◇
「照合すれば、わかります」と俺は言った。
「私の12%の相手も、照合でわかるんですか」
「……鶴田に聞いてみないとわかりません」
「折衝さんの100%の相手と、私の12%の相手が、同じだったら」
川瀬奈緒は、言葉を止めた。その先を言うのが、怖いようだった。それでも、言った。
「同じだったら——お互いがお互いの相手ってことに、なりますね」
俺は、答えられなかった。お互いが、お互いの相手。それを確かめるのが怖かった。違っていたらと思うと。同じだったらと思っても。どちらも怖かった。
◇
「あなたは」と川瀬奈緒が言った。「折りに来て私の縁を育てて——その育てた縁の相手が、あなた自身なんですか」
折りに来て育てた縁の相手が、自分。折衝課の職員が、折りに行った相手と100%になる。これは制度が、想定していない事態だった。折る人間が、折る対象と結ばれる。制度の設計者は、こんなことを一度も考えなかったはずだ。
「わかりません」と俺は言った。「ただ——確かめる方法は、あります」
「照合、ですね」
「はい。鶴田さんの権限で、俺の100%の相手と、川瀬さんの12%の相手を、両方照合できます。二つの照合結果が同じ名前になるか。それを、確かめられます」
「二回照合すれば、わかるんですね」
「一度で、わかるかもしれません。同じ縁を、両側から見るだけなので」
川瀬奈緒は、長い間俺を見ていた。
「……怖いですね。でも、知りたいですね」
「はい」
二人とも、同じだった。怖さと、知りたさが、同じ重さで、釣り合っていた。
◇
帰り道、川瀬奈緒の論理を、もう一度たどった。俺の100%の候補が彼女で、彼女の12%の相手が俺。確かめれば、二つの空欄が同じ名前で埋まるかもしれない。確かめなければ、二つの空欄は空欄のまま、ずっと近くにあり続ける。埋めれば、答えになる。埋めなければ、可能性のまま残る。どちらが怖いのか、今日はまだ、決められなかった。
次話「12%になったのは、折衝さんのせいですか」




