第七十五話「スコアの話の、続き」
川瀬奈緒の部屋に上がった。今日はスコアの話の続きを、するつもりだった。
コーヒーが、用意されていた。俺から先に手をつけた。もう、当たり前の動作になっていた。
◇
「先日の、スコアの話ですが。少し、わかったことがあります」
俺は鶴田と調べたことを話した。外れ値8%のこと。介入中にスコアが上がる案件のこと。PAIRが人間の行動を観察して、縁を見つけ直しているらしいこと。難しい話を、できるだけ、わかりやすく話した。
川瀬奈緒は、静かに聞いていた。途中で口を挟まず、最後まで聞いた。聞き終えてから、少し考えた。
◇
「つまり」と川瀬奈緒が言った。「折衝さんが私に会いに来るたびに、PAIRが私の縁を見つけ直していた、ということですか。折りに来て、育てていた」
「……そうかもしれません。まだ確かめていませんが」
川瀬奈緒は、少し笑った。
「私、ずっと思っていました。折衝さんが来るたびに、なんだか前より元気になっていく気がして。最初の頃は、また別れろと言われるのかって、身構えていたんです。でも、だんだん、来てくれるのが楽しみになって。来た後の方が、一週間、調子がよくて」
来た後の方が、調子がいい。その生活の実感を、PAIRは数字で拾っていた。彼女が元気になる、その分だけ、スコアが上がっていた。
◇
折衝さんが来るたびに、元気になっていく。それをPAIRは観察していた。そして、スコアが上がった。
「川瀬さん。俺が来なかったら、川瀬さんのスコアは上がらなかったかもしれません」
「そうですね」
「俺が来たことで、上がった」
「そうみたいですね」
川瀬奈緒は、カップを持った。
「じゃあ折衝さんは、私にとって、いい人だったんですね。折りに来てたのに」
「……いい人かどうかは、わかりません」
「でも、結果的に私の縁を育てた」
「結果的には」
「結果的に、でいいです」と川瀬奈緒は言った。「結果が、すべてですから。来た理由が何であれ、来てくれた。それで私は元気になった。それでいいです」
結果がすべて。彼女がそう言うのを聞いて、少し意外だった。3年間、田村のことを諦めなかった人だ。諦めない人は、結果より過程を信じている気がしていた。けれど彼女は、結果でいいと言った。たぶん、諦めなかった3年の過程が報われなかったからこそ、もう過程には期待しないと、決めたのかもしれなかった。
◇
帰り道、その言葉を思い返した。結果がすべて、と川瀬奈緒は言った。折るつもりで来て、結果として育てた。結果だけ見れば、いい人だ。
でも、いつから「折るつもり」ではなくなっていたのか。最初の数回はたしかに折るつもりだった。どこかで、会うために通うようになった。その境目の方が結果より、俺には大事な気がした。境目を越えた日から、俺の49回は別の意味を持ち始めていた。
改札を抜けるとき、胸ポケットの中でスタンプがこつりと鳴った。今日も一度も押さなかった道具が。鳴った音だけが、まだ何も終わっていないと知らせていた。
次話「あなたは、折りに来て、育てているんですか」




