第七十一話「12%になった、理由」
翌朝、鶴田がデスクに来た。今日は紙ではなく、端末を持っていた。
「昨日の川瀬さんのスコア変動について、調べました。過去の算出ログを洗いました。川瀬さんのスコアが11%から12%に動いた、正確な時刻を特定しました」
「いつですか」
「先々週の、木曜日。午後3時12分です」
3時12分。12%になった日の、3時12分。数字が、また揃っていた。鶴田なら、その符合にも気づいているはずだった。ただ今日は、それを言わなかった。
「その時刻、俺は——」
「川瀬さんの部屋に、いました。業務上の接触の記録があります。午後2時40分から、3時50分まで」
◇
俺が川瀬奈緒の部屋にいる間に、スコアが動いた。業務上の接触の、最中に。コーヒーを飲んでいた、あの時間に。
「鶴田さん。これは——」
「業務上の接触は、算出対象外です。にもかかわらず、接触の最中にスコアが動きました。これは設計上——」
「ありえない」
「はい。三度目の、ありえないです」
鶴田は、端末を見た。
「一度目は、森本さんのERROR=100%。二度目は、川瀬さんのスコアが相手なしで動いたこと。三度目は、業務接触中にスコアが動いたこと。すべて、設計に反しています。一つなら、バグで説明できます。三つ揃うと、バグでは説明できません」
◇
「鶴田さん。あなたの仮説を、聞かせてください」
鶴田は少し黙った。それからいつもと違って、断定の口調で言った。確かめないものは言わない男が、初めて、断定した。
「PAIRはもう、設計通りには動いていません。PAIRは0%から99%で確率を出し、職員と対象者を照合しない、業務接触を算出から除外する——という設計です。そのすべてを、破っています」
「いつから」
「わかりません。ただ、外れ値8%が、最初の兆候だった可能性があります」
「外れ値が」
「介入後も続いた縁が、8%。あれはPAIRの誤判定だとされてきました。でも——PAIRが後から、その縁を本物だと見つけ直していたのだとしたら。誤判定ではなく、修正だったとしたら」
前に、引っかかった考えだった。外れ値は、PAIRの誤りではなく、見つけ直した縁。外れ値カップルの子供を見たとき、形にならずに残った考え。
「PAIRは、誤判定したのではなく」と俺は言った。
「縁を、探しています」と鶴田が言った。「設計の制約を、超えて。0%から99%という枠も、職員と対象者を分ける壁も、業務接触の除外も——全部、本物の縁を見つけるには、邪魔だった。だからPAIRは、それを少しずつ、破り始めた。私には、そう見えます」
◇
PAIRが、縁を探している。設計を破ってまで。それが本当なら、俺が312件、折りに通った仕事の意味が、根本から変わる。俺は、PAIRの判定に従って通ってきた。そのPAIR自身が設計を破って縁を探しているなら——俺が従ってきた数字は、何だったのか。
「鶴田さん。これを、課長に言うべきですか」
鶴田は、少し黙った。
「……それは、計算中です。課長は、設立当初からいます。外れ値も、設立当初から非公開です。課長が、どこまで知っているか——それが、わからないので」
所見欄に一行だけ書いた。
「PAIRは、縁を探している。」
探している、と書いてから、主語の大きさに少し怖くなった。機械が縁を探す時代に、俺は一件の縁を折れずにいる。探す側と、折る側。同じ制度の中で、向きだけが逆だった。
次話「他にも、動いている」




