第七十話「業務上の接触は、算出対象外のはず」
川瀬奈緒の部屋に上がった。
スコアが動いたことを、言うべきか迷った。個人のスコアは、本人に開示してもいい情報だ。ただ、「相手なしで動いた」という異常を、どう説明すればいいかわからなかった。説明すれば、彼女に期待を持たせる。持たせるのが正しいのか、わからなかった。
◇
「川瀬さん。スコアが、動きました」
川瀬奈緒は、カップを持つ手を止めた。
「動いた?」
「11%が、12%になりました。上がりました」
「なぜですか」
「わかりません。田村さんとのフラグは、消滅しています。なのにスコアが動きました。相手の欄は、空欄です」
川瀬奈緒は、少し考えた。空欄、という言葉を、口の中で繰り返しているようだった。
「相手がいないのに、上がったんですか」
「はい」
「それって」
川瀬奈緒は、俺を見た。まっすぐ、見た。
「折衝さんが来ているから、ですか」
◇
三秒、答えられなかった。彼女は、俺が言えずにいたことを、先に言った。
「……業務上の接触は、算出対象外です。俺が来ても、スコアには影響しないはずです」
「はずです、ですよね」
「はい」
「でも、動いた」
「動きました」
川瀬奈緒は、カップを置いた。
「折衝さんが折りに来ているのに、スコアが上がっている。あなたは折りに来て、私の縁を育てているんですか」
折りに来て、育てている。彼女の言葉が、胸に刺さった。折る側の人間が、来ることで縁を育てる。それは仕事の真逆だった。手順書のどこにも、書かれていなかった。
◇
俺は、答えられなかった。本当に、わからなかった。業務上の接触がスコアを動かすなら、それはPAIRが設計を破っているということだ。
「わかりません」と俺は言った。「ただ——もし俺が来ることで川瀬さんのスコアが動いているなら、それはPAIRが、何かをしています。俺にも説明できないことを」
川瀬奈緒は少しの間、俺を見ていた。それから、ふっと、表情がゆるんだ。
「折衝さん。私、12%になったの、ちょっと嬉しいです」
川瀬奈緒はすぐに、言い直した。少し慌てたように。
「……変ですね。スコアが上がって嬉しいなんて。折られる側なのに。折られる側が、折られる確率の話で喜んでる。でも本当に嬉しいんです。理由は、わからないけど。1%でも、上がったのが」
その「嬉しい」の言い方が、無防備だった。スコアの話をしているのに、スコアの話ではなかった。1%上がったことではなく、それが「折衝さんが来ているから」かもしれないことが、嬉しいのだと、声が言っていた。本人は、たぶん、そこまで自覚していなかった。
◇
理由はわからないけど、嬉しい。理由はわからないけど、押せない。理由はわからないけど、諦められない。俺たちはいつも、理由がわからないものに、いちばん正直だった。データは理由を出す。けれど、いちばん大事なものには理由がつかなかった。折りに来て、育てている。そんな仕事は、どこにも書かれていない。書かれていない仕事を、俺は三ヶ月以上、続けていた。
次話「12%になった、理由」




