第六十九話「数字が、動いた」
今週、川瀬奈緒の部屋に上がる前に、鶴田からメッセージが来た。
「川瀬さんのスコアに、変動がありました。出勤後、確認してください。」
スコアの、変動。11%が、動いたのか。三ヶ月以上、一度も動かなかった数字が。瞬きの間に揺れたあの0.2が、ついに、表に出たのか。
◇
恋管に戻って、確認した。川瀬奈緒のスコア。
12%。
11%だったスコアが、12%になっていた。1%。たった1%。されど、三ヶ月間動かなかった数字が、動いた。「11%は0%じゃない」と言い続けた女の11%が、今、12%になっていた。
◇
鶴田を呼んだ。
「これは、何ですか」
「川瀬さんのスコアが、11%から12%に上がりました」
「なぜ」
「わかりません」
「田村との関係は、もう消滅しています。スコアの根拠になる相手が、いないはずです」
「はい。田村さんとのフラグは、消滅しています」
「では、何の12%なんですか」
鶴田は、端末を見た。長く、見ていた。何かを確かめ直すように、同じ画面を、二度、三度と見た。
「……対象が、変わっています。11%のときの対象は、田村さんでした。12%の、今の対象は——表示されていません。対象者の欄が、空欄です」
◇
「空欄?」
「はい。スコアは出ているのに、相手が空欄です。これも設計上ありえません。スコアは特定の相手との成立確率なので、相手なしのスコアは存在しないはずです。相手のいない確率は、確率ですらない」
「相手なしの、12%」
「はい」
相手のいない、成立確率。誰との縁かわからないのに、12%という数字だけが出ている。空欄の相手と、12%の縁。宙に浮いた数字だった。確率には、必ず相手がいる。AさんとBさんが結ばれる確率。それが確率だ。相手のない確率は、何かが結ばれる確率ではなく、ただ何かが起きる予感のような、別の何かだった。PAIRが、相手を決める前に、予感だけを先に出した。そんなふうに見えた。
「鶴田さん。これは——」
「設計上、ありえません」
「ありえないことが、また起きているのか」
「……はい」
鶴田はいつもより静かだった。声の温度が、一段低かった。
「森本さん。PAIRが何かをしています。私にはまだ、それが何かわかりません。ただ——川瀬さんのスコアが相手なしで動いたのは、PAIRが新しい相手を探している兆候かもしれません。探している途中だから、相手がまだ確定していない。だから、空欄。それが、私の仮説です。確かめていないので、仮説のままですが」
◇
新しい相手を探している。田村が消えた11%が、相手の名前を空けたまま、12%に上がった。
俺は自分のデータを思い出した。ERROR。100%。候補に、川瀬奈緒の名前。片方は相手を空けて数字だけ上がり、もう片方は相手の候補に名前があるのに照合されていない。二つのありえない数字が、同じ方向を、指している気がした。彼女の空欄の12%と、俺の照合されない100%。二つの空白が、互いを探しているように見えた。確かめれば、わかる。けれど、まだ、確かめていない。
所見欄に一行だけ書いた。
「相手のいない、12%。」
次話「業務上の接触は、算出対象外のはず」




