第六十八話「繋げるのも、難しいらしい」
ある日、架橋課に移った桐生が、折衝課のフロアに来た。
「よお、森本さん」
「桐生さん。架橋課は、どうですか」
「いやー、難しいよ。繋げるのも」
桐生は俺のデスクの横の椅子に、勝手に座った。窓のない折衝課に、久しぶりに来たな、という顔で、白い壁を見回した。
◇
「折る方は、データが低いやつを折ればいい。簡単だ。理屈の上ではな。でも繋げる方は、データが高いやつ同士をくっつけても、くっつかないんだよ。80%同士をマッチングさせても、会ってみたら合わないって言うんだ。データは高いのに」
「データが高いのに、合わない」
「ああ。逆に、データが低い方が会ってみたら気が合う、ってこともある。架橋課はそれで頭を抱えてる。高いのを薦めても外れて、低いのが当たる。じゃあデータは何なんだって話さ」
「桐生さん、それって——PAIRのデータが当てにならないってことですか」
「いや、92%は当たるんだよ。当たるんだけど、残りの8%が読めない」
「8%」
「外れ値の8%だ。架橋課でも、その話で持ちきりだよ。あの8%は何なんだって。折衝課じゃ非公開だったろ。架橋課でも非公開だ。でも、現場はみんな気づいてる。8%が、いちばん大事なんじゃないかって」
◇
桐生はコーヒーを勝手に飲んだ。俺のだった。
「あ、これ森本さんのか。悪い」
「いえ」
「薄いな、これ」
「給湯室のなので」
川瀬奈緒の部屋のコーヒーとは、違う薄さだった。同じ薄さでも、意味が違う。それは、桐生には言わなかった。
「でさ、架橋課で面白い噂があるんだ。PAIRが最近おかしいって。マッチングの推薦が、たまに設計にないことをするって。推薦しないはずの組み合わせを、推薦してくるんだと。なんでこの二人を?ってのを。で、調べてみると、その二人が妙に気が合うらしい」
「PAIRが、勝手に?」
「噂だぞ、噂。保守課はバグだって言ってるらしい。でも架橋課の連中は、PAIRが何か掴んでるんじゃないかって、面白がってる。データに出ない何かを、PAIRが先に見つけてるんじゃないかって」
データに出ない何かを、PAIRが先に見つける。川瀬奈緒が「機械が先に気持ちを知っていた」と言ったのと、同じだった。
桐生は、立ち上がった。
「ま、なんにせよ、繋げるのも折るのも一緒だ。人間はデータだけじゃ読めないってことだな。それがわかっただけ、架橋課に来てよかったよ。じゃ」
桐生は架橋課に、帰っていった。
◇
PAIRが、設計にないことをする。推薦しないはずの組み合わせを、推薦する。折衝課だけじゃない。架橋課でも、起きている。保守課はバグだと言い、架橋課は面白がっている。誰も、本当のことを知らない。一つの現象を、立場ごとに、違う名前で呼んでいた。
桐生は、それを面白がっていた。繋げる方に移って、少しだけ、生き返ったように見えた。8%を知って折れなくなった男が、8%を面白がれる場所を、見つけたのかもしれなかった。同じ8%が、折る部署では人を辞めさせ、繋げる部署では人を生き返らせる。場所が変われば、同じ謎が、毒にも薬にもなった。
次話「数字が、動いた」




