第七話「田村さんが、婚約しました」
今日のコーヒーも濃かった。
窓の外に、公園が見えた。平日の昼。ブランコが一つ、風に揺れていた。
「子供が少ないですよね、最近」と川瀬奈緒が言った。
「ゼロコンマ台に入って二十年ですから」
「恋管って、それを解決するための機関なんですよね。縁を繋げるために作られた」
「はい」
「じゃあ、私の縁を折ることが、どうやって少子化対策になるんですか」
静かな声だった。
怒鳴っているわけではない。真剣に聞いていた。
答えはある。
成立しない縁を早期に終わらせ、当事者を次の縁に向かわせる。
川瀬奈緒を前にして、言えなかった。
「答えられないんですか」
「……今日は、その質問には答えられません」
「最初から、いくつか答えられない質問がありますよね」
川瀬奈緒は、責める口調ではなかった。
数えているような言い方だった。
答えられない質問が、何個になったかを。
◇
そのとき、俺の端末が振動した。
恋管システムからの自動通知だった。
画面を一瞬だけ見る。
*川瀬奈緒 案件 / 対象フラグ変化 / 田村誠司 婚約届提出確認 / 終了処理を推奨*
端末をバッグに戻した。
川瀬奈緒は窓の外を見ていた。何も気づいていない。
今、画面の中で、彼女の三年が「変化」という二文字に圧縮されたことを。
◇
「私も、答えられない質問があります」と川瀬奈緒が言った。
「なんで諦めないのか——最近、自分でもよくわからなくなってきました。折衝さんが来るたびに考えるんですよ。で、答えが出ない日が増えてきて」
川瀬奈緒は、自分のカップを見た。
「なんか、変なことを言ってますね、私」
「いいえ」
そう言いながら、俺も今日の答えが出なかった。
◇
帰り支度を始めたとき、俺は言った。
「一点、確認したいことがあります」
「はい」
「田村さんが——婚約されました」
川瀬奈緒の手が止まった。
カップを持ったまま、動かなかった。
「そうですか」
普段と変わらない声だった。
ただカップを置いたとき、テーブルに当たる音が、いつもより少し大きかった。
コーヒーが縁まで揺れた。
こぼれなかった。
「恋管から、案件の終了処理を推奨する通知が来ています」
「そうですね」
川瀬奈緒は窓の外を見た。
ブランコが、風に揺れていた。
少しの間、誰も何も言わなかった。
◇
「コーヒー——もう一杯、飲みますか」
川瀬奈緒が言った。
今まで聞かれたことはなかった。いつも、気づいたら用意されていた。
「いただきます」
川瀬奈緒は立ち上がり、背中を向けてカップを取りに行った。
戻ってきて、コーヒーを二杯置いた。
「これ、濃すぎますよね、毎回」
「そうでもありません」
「そうですか」
川瀬奈緒はカップを持ったまま、窓の外をもう一度見た。
それから、視線を戻した。
「でも——また来るんですよね」
俺は答えなかった。
川瀬奈緒も、答えを待たなかった。
二杯目のコーヒーから、湯気が立っていた。
婚約の通知を聞いた女が、終わらせに来た男のために、二杯目を淹れていた。
湯気はまっすぐ天井へのぼって、途中で見えなくなった。
この人は今、何かを終えた。
終えた直後に、二杯目を淹れた。
終わりと続きを、同じ手でやっている。




