第六十四話「初めて、自分から折った日」
別の案件が入った。対象者、間宮亮、35歳。スコア、24%。
◇
間宮亮の部屋は、明るかった。窓が大きく、午後の光が入っていた。本人も、落ち着いていた。
「恋管の方ですね。お待ちしていました」
「お待ちしていた、というのは」
「実は、自分で整理がついていて。ただ、誰かにちゃんと終わりにしてもらいたかったんです。3年、片思いしていました。相手はもう、結婚しています。わかっているんです。でも自分一人だと、なかなか区切りがつかなくて。第三者に終わりだと言ってもらえたら、楽になる気がして」
川瀬奈緒も、3年だった。同じ3年でも、向きが違った。間宮亮の3年は、終わりに向かっていた。川瀬奈緒の3年は、終わらないことに向かっていた。
◇
誰かに、終わりにしてもらいたい。折衝課の仕事は、そういう人のためにある。最初に、そう習った。区切りを、つけてやる。前へ、進ませてやる。
「間宮さんは、次に進みたいんですか」
「進みたいです。もう十分、片思いしました。次はちゃんと、両思いになりたい」
間宮亮の目は、本当に前を向いていた。後ろではなく、前を見ている目だった。俺は手順書通りに説明した。間宮亮は頷いて聞いた。最後に「ありがとうございます。すっきりしました」と言った。
◇
書類を、開いた。「介入完了」。俺は終了処理を出した。迷わなかった。三年間で、迷わずに終了処理を出せた案件は、そう多くない。今日は、迷わなかった。
この縁は、折れる縁だ。間宮亮は、折ってほしいと思っている。次に進みたいと思っている。折ることが、間宮亮のためになる。折れる縁と、折れない縁が、ある。その違いが、最近、少しずつ見えてきていた。
◇
スタンプを、取り出した。間宮亮の書類の「介入完了」の欄を見た。持っていった。欄の、上に。
今日なら、押せるかもしれない、と思った。間宮亮の縁は、きれいに折れた。本人も納得している。終了処理も、迷わず出せた。これ以上ない、押せる条件が、揃っていた。
……押せなかった。
間宮亮の縁は折れた。終了処理も出した。納得して、終わった。なのに、押せない。折れる縁すら、俺は「完了」と押せないのか。条件が揃っても、押せない。ということは——押せない理由は、案件の側に、なかった。
胸ポケットに、しまった。
◇
帰り道、考えた。
間宮亮の縁は折れた。それは、正しかった。折ることが、正しい場合もある。ただ、川瀬奈緒の縁は折れない。折れる縁と折れない縁の違いが、少しずつわかってきた。間宮亮の縁が折れたのは、本人がもう次を向いていたからだ。川瀬奈緒は、まだ何かを待っている。だから、折れない。
ただ、スタンプの方は、違った。折れる案件でも、押せなかった。スタンプは、案件の問題ではなかった。俺自身の問題だった。何かを「終わった」と認めることが、俺にはできない。それが、間宮亮の縁でも、できなかった。
316件目。今日も、スタンプは押せなかった。
次話「外れ値カップルの、子供」




