第六十三話「鶴田の、照合シミュレーション」
翌朝、鶴田が紙の束を持って来た。また、A4だった。今度は、さっきより厚かった。
「これは」
「照合した場合の、シミュレーション結果です。照合の後、何が起こりうるかを計算しました」
鶴田は、紙をデスクに置いた。何枚もあった。
◇
「ケース1」と鶴田が読み上げた。「100%が確定し、お二人が結ばれる」
「はい」
「ケース2。100%が確定するが、お二人は結ばれない」
「……結ばれないケースも、あるんですか」
「あります。100%は、成立確率です。結ばれるかどうかは、お二人の選択です」
「100%なのに、結ばれないことがあるのか」
「あります。確率と選択は、別です。100%は『結ばれる可能性が最大』という意味であって、『必ず結ばれる』ではありません。最後に選ぶのは、本人です」
鶴田は、次の紙をめくった。
「ケース3。100%が確定し、お二人が結ばれるが、川瀬さんが折衝課への不信を理由に距離を置く。ケース4。100%が確定するが、森本さんが職を辞し、その後すれ違う。ケース5——」
「いくつ、あるんだ」
「147です」
◇
「147……」
「人間の選択は、変数が多いので。147通り、計算しました。三日かかりました」
「鶴田さん。お前、自分の昼食も決められないだろう。A定食とB定食で、37分悩んだだろう」
鶴田は、少し間を置いた。心外だ、という顔ではなかった。事実を確認する顔だった。
「それとこれは、別です。自分の昼食は、自分のデータが取れません。だから、計算できません。森本さんと川瀬さんのデータは、取れます。だから、計算できます」
「他人の縁は147通り計算できるのに、自分の昼食は2通りで詰まるのか」
「はい。2通りでも、自分のことだと、詰まります」
「なぜだ」
「自分の感情だけが、欠損値だからです。147通りの計算より、自分の昼食一つの方が、私には難しい。これは、私の中の、永遠の矛盾です」
鶴田は、真顔でそう言った。永遠の矛盾、という大きな言葉を、昼食の話で使った。
◇
鶴田は147枚の紙を揃えた。角を、きっちり合わせた。
「ただ、147通り計算して、わかったことが一つあります」
「何だ」
「147通りのうちどれになるかは——照合してみないと、わかりません」
「……計算した意味が、ないじゃないか」
「あります。147通りどれになってもおかしくない、とわかりました。つまり、結果は予測できない。予測できないと、わかった。それが、収穫です」
「予測できないとわかるために、三日かけたのか」
「はい。予測できないことを証明するのが、いちばん時間がかかります」
◇
鶴田は紙を置いて、去っていった。俺は147枚の紙を見た。
147通り。どれになるかは、照合してみないとわからない。結ばれるケースもあれば、結ばれないケースもある。100%でも、結ばれないことがある。確率と選択は、別だ。鶴田は147通り計算して、結局「どれになるかわからない」と言った。
100%は、結末を保証しない。それを知って、少しだけ楽になった。答えが100%でも、その先は俺と川瀬奈緒が選ぶ。データではなく。
紙を、引き出しにしまった。147通りの、どれにもなれる紙だった。これまで312件、PAIRの確率を根拠に縁を折ってきた。確率が選択を決めると、信じてきた。低い確率は、折る根拠になった。鶴田は今日、その逆を計算で証明した。確率は、選択を決めない。100%でさえ、選択を決めない。なら、11%が、選択を決めるはずもなかった。三年間の前提が、147枚の紙の上で、静かに崩れていた。




