第六十一話「俺は、確かめたい」
川瀬奈緒は、俺の答えを待っていた。
面談室は、静かだった。いつもの部屋でも公園でもない場所で、川瀬奈緒は俺の言葉を待っていた。机を挟んで向かい合うのは、初めてだった。いつもは並んでコーヒーを飲むか、ブランコを見ているか、だった。机を挟むと、距離が、制度の距離になった。
「川瀬さん」と俺は言った。
「はい」
「正直に、言います。今、わかっていることだけ」
川瀬奈緒は、頷いた。
◇
「俺のPAIRデータは、配属当初からERRORです。今朝、その意味を知りました。ERRORは、算出できなかったのではなく——100%が出たから、エラーになっていた」
「100%」
「はい。0%から99%しか、想定されていない。100%は存在しない数値として、エラー扱いになる。その記録が、ずっと眠っていました。三年間、毎日見ていた六文字の意味が、それでした」
川瀬奈緒は、両手を膝の上で握っていた。
「100%の、相手は」と川瀬奈緒が言った。声が、少しかすれていた。
「わかりません」
川瀬奈緒の手が、少し動いた。
「わからない、というのは」
「職員と対象者は、照合されません。だから、俺と川瀬さんの100%は出ていない。確かめられていません。あの画面に川瀬さんの名前があったのは、候補リストだからだと、鶴田は言いました。確定では、ありません」
確定ではない。その一語を、はっきり言った。期待させたくなかった。同時に、失望させたくもなかった。どちらにも倒さない言い方を、探した。
◇
川瀬奈緒は、しばらく黙っていた。それから、小さく聞いた。
「折衝さんは、確かめたいですか」
三秒。五秒。
ここで「わからない」と言うのは、簡単だった。いつも、そう言ってきた。「今日はその質問には答えられません」。三年間、その言葉で、自分を守ってきた。今日も、そう言える。ただ、それは答えではなかった。彼女は覚悟をして、ここに来た。覚悟には、覚悟で返すべきだった。
「確かめたいです」と俺は言った。
初めて、はっきり言った。
「俺は、自分のERRORが何だったのか、確かめたい。そして——その相手が、川瀬さんなのかどうかも」
川瀬奈緒の目が、少し揺れた。
「でも」と俺は続けた。「確かめたら、答えは消せない、と鶴田が言いました。だから、川瀬さんの覚悟も聞いてからにしたい。俺だけで、決めることじゃない。これは、二人の答えなので」
◇
川瀬奈緒は、長い間、何も言わなかった。
窓の外で、恋管の中庭の木が揺れていた。枯れていない、常緑の木だった。冬でも、葉を落とさない木だった。折衝課の窓のなさを、思い出した。今、俺は窓のある部屋にいた。窓のある部屋で、初めて、自分の言葉を言った。外が見える場所では、人は折れなくなる。鶴田の言った通りだった。
「考えます」と川瀬奈緒が言った。「私も、確かめたいかどうか。次に会うとき、答えます」
「わかりました」
川瀬奈緒は、立ち上がった。面談室を出る前に、一度だけ振り返った。
「折衝さんが『確かめたい』って言ってくれて、よかったです」
それだけ言って、帰っていった。
いつも「データ上は」で閉じてきた男が、今日初めて「確かめたい」と言った。データではなく、自分の言葉で。それを、彼女は「よかった」と言った。窓のある部屋で、その言葉だけが、まだ残っていた。
次話「川瀬さんは、どう思っているのか」




